#22 コンギツネの里帰り③
ゴオオオオオオッッ!!
家政婦のミタギツネさんの放った巨大な火の玉が、コンギツネに襲いかかった。
あ、危ないっ!!
「ひっ、ひいいいいいいっっ!!」
しかし、コンギツネは必死で身をひるがえし、そのメラゾーマをなんとか、すんでのところでかわすことができた。
火の玉は、そのまま背後にあった1本の木に直撃した。
ドーーーンンッッ!!
木は、一瞬で燃え上がり、あっという間に灰に変わった‥。
‥ミタさんのメラゾーマは、今まで何度か見てきたコンギツネのメラゾーマと比べて、数倍の威力があるように思えた。
それはもう、完全にギャグで済まないレベルのものだった。
「お嬢様、この期に及んで往生際が悪いですよ!最期にそんな見苦しいお嬢様の姿は見たくありません!
せめてもの慈悲として、一瞬で逝かせてさしあげますから、おとなしくしていてくださいませ!」
と、ミタさんは、とんでもなく怖いセリフを真顔で吐いた。
一方、コンギツネはというと、
恐怖で腰が抜け、涙目になり、
「あわわわわわわ‥。」
と、言葉を発せられずにいる。
いつも、ふてぶてしいコンギツネのこんな姿は見たことが無かった。
僕は、
「ちょ、ちょっと家政婦さん、落ち着いてください!
あなた、自分が何をしているか分かっているんですか!?
あんなメラゾーマが当たったら、本当に死んでしまいますよ!?」
と、ミタさんを止めようと叫んだ。
しかし、ミタさんは、
「どうか、止めないでくださいませ!
こうするほかないのです!!」
と全く聞かずに、また気を溜め始めた。
さらに、
「それから、少し勘違いされていらっしゃるようですが、
今のはメラゾーマではありません。」
と言った。
‥‥‥‥え?
どういうことだろう‥?
今の火の玉の呪文は、コンギツネもよく使っているメラゾーマじゃないのか?
と、僕は思った。
すると、ミタさんは、
「今のは、"メラ"です。
同じ呪文でも、使う人間によって、その威力は大きく異なるのです。」
と、驚くべきことを言った。
!?
なんだって!?
コンギツネのメラゾーマより数倍の威力があるように見えた今の呪文が、ただのメラだったというのか!?
どうやら、ミタさんは底知れない強さを持っているようだった。
コンギツネも、驚愕の表情を浮かべていた。
そして、ミタさんは、
「さあ、お嬢様、
これで終わりにしてさしあげます!」
と言って手を伸ばし、
2発目をコンギツネに向け放とうとした。
だめだ、コンギツネは戦意喪失してしまっていて動けない!
今度は、かわせそうにない!
‥‥と、その時だった。
家の中から、
「おやめなさいっっ!!」
という声が響いた。
ミタさんはその声に、ビクッとして動きを止めた。
そして、声のした方へそろそろと振り向いた。
僕も、そちらの方向に目をやった。
すると、家のドアの中から、1人の女性が出てきたのだった。
その人は、見た感じ50歳代くらいの、ややふっくらとした体型の女性であった。
そして、頭の上を見ると、この人もやはり、キツネの耳をつけていた。お尻には尻尾も。
ミタさんは、その人を見て、
「お、奥様‥‥。」
とつぶやいた。
‥奥様‥?‥ということは、この人が‥。
その女性は、ミタさんの方に向くと、
「ちょっと、ミタさん!あなた、何やってるの?
こんな、玄関先で攻撃呪文なんか使って!
うちの中まで大きな音が聞こえてきたわよ、
まったく騒々しい!」
とピシャリと言った。
言われたミタさんは、
「も、申し訳ありません、奥様‥。」
と、下を向きシュンとしてしまった。
それから、その奥様と呼ばれた女性は、腰を抜かして尻もちをついているコンギツネの方を見ると、
「あら、コンちゃん。あんた、やっと帰ってきたのね。
まったくもう、ほんと何年ぶりだと思ってるのよ!」
と言った。
コンギツネは、その言葉を聞くと、堰を切ったように、どっと目に涙を溢れさせた。
そして、腰を抜かしていたところから、なんとかヨロヨロ立ち上がると、
「‥お、お母さーーんっ!」
と叫びながら、その女性に抱きついたのだった。
やはり、この人がコンギツネのお母さんなのか。
そして、コンギツネのお母さんは、
「あらあら、どうしたのよ。
久しぶりに会うなり。」
と言いながら、自分の体にしがみついている娘の頭を優しく撫でてやっていた。
コンギツネは、久しぶりに母親に会えた喜びからか、
はたまたミタさんによる死の恐怖から解放された安堵感からか、
「ふええええ。お、お母さんんん‥。」
と、ずっと泣きじゃくり、母親の服に鼻水をこすりつけていた。
僕は、久しぶりの親子の対面に、なんだか感動的な気持ちになった。
一方、そんな2人を見ていたミタさんは、
「お、奥様、申し訳ありません。
私の教育が至らなかったばかりに、お嬢様が親不孝な不良に‥‥。
この責任は、私がとらなければなりません。
どうか、お嬢様と心中をさせてください!」
と、また恐ろしいことを言い放った。
‥まだ言うんか‥。
しかし、コンギツネのお母さんは、ミタさんの方に向き直ると、
「何を言ってるの、あなたは。
あのね、ミタさん。
私は確かにあなたに、コンギツネとフォックスのしつけや教育をお願いしていたけどね、
やりすぎなのよ!
何も、そこまですることないでしょう!」
と、嗜めるように言った。
「し、しかし、奥様‥。」
ミタさんは、まだ何か言おうとしたが、お母さんは、
「もう、いつまでもバカなこと言ってないで、あなたは、家の中でお掃除でもしてなさい!」
と、ミタさんの言葉を遮るように言った。
そう言われたミタさんは、
「‥し、承知しました‥。」
と、すごすごと家の中へ戻っていった。
コンギツネのお母さんは、そんなミタさんの後ろ姿を見送ったあと、
くるっと僕の方を見た。
そして、
「こんにちは、すっかり挨拶が遅れちゃったけど、あなたがタチバナさんね。」
と言ってきた。
僕は、急に声をかけられてドキッとしたが、
「‥あ、は、はい。
そうです。は、初めまして。」
と、とりあえず挨拶をした。
お母さんは、
「ごめんなさいね、この前は。
突然あなたの携帯に電話しちゃって。
それから、ミタさんの事もごめんなさいね。
驚かせちゃったでしょう?」
と言った。
‥確かに‥、今の、家政婦の一連の行動には、驚きを禁じ得なかった。
僕は、
「‥え?あ、はあ、まあ、そうですね‥。
なんというか‥‥、
あの方は本当に家政婦さんなんですか‥?」
と聞いた。
なんで、あんな人を雇っているのだろうか。
すると、お母さんは、
「ええ、まあ、でも優秀な家政婦ではあるんだけどね‥。家事もよく出来るし。
ただ、ちょっと真面目すぎるというか、思い込みの激しいところがあって‥。
でも、根はいい人なのよ。」
と、穏やかな笑顔でそう答えた。
さっきまで、自分の娘が殺されそうになっていたというのに‥。
僕は、このお母さんは、とても大らかな人なんだなと思った。
そして、
「まあ、とりあえずいらっしゃい。
よく来てくれたわ。うちに入って。」
と言ってくれた。
つづく