#26 コンギツネとバレンタインデー③
土曜日、
僕は、"渋谷駅前"で、夕方5時にサトウさんと待ち合わせをしていた。
食事の約束をしたのだ。
この日は、お互いに仕事も休みの日であった。
だから、別に昼間の待ち合わせでもよかったのだが、
やはり、渋谷といえば5時だろうということで、この時間の約束にしたのだ。
もう3月になっており、日も幾分長く、夕方5時でも、まだ結構周りは明るかった。
また、少し前と比べて、寒さもいくらか和らいできていて、外での待ち合わせにも、特に苦もない季節であった。
サトウさんとは、彼女が働いているスターバックスで、もう何度も顔を合わせている間柄だった。
だが、こうして、店の外で会う約束をするのは初めてであった。
そのため、
僕は、いくらか緊張していた。
僕が、駅に到着し、出口のところで待っていると、
間もなく、サトウさんが小走りにやって来た。
「こんにちは。
すみません、お待たせしました。」
そう言いながら近づいてきたサトウさんは、
長いスカートを履き、上はブラウス、そして、その上から薄手のコートを着ているという、
春らしい格好をしていた。
僕は、初めて見るサトウさんの私服姿に、とても新鮮な気持ちを覚えると同時に、なんだかドキッとした。
「あ、どうもこんにちは。
僕もさっき来たとこで、そんな、待ってないですよ。」
と、僕は、そう言って挨拶をした。
そして、
「それじゃ、行きましょうか。」
と言い、予約をした飲食店に向かおうとした。
すると、そのときだった。
「ちょっと、待ちなさい!」
と、後ろから声をかけられた。
僕とサトウさんは、突然の呼びかけに、
一体何だと思いながら、振り返った。
すると、そこに1人の人物が立っていた。
僕は、その人物を見て、
目を疑った。
なんと、そこに、コンギツネが立っていたのだった。
「‥え!?あ、あれ!?
‥コ‥コンギツネ‥!?
‥な、なんで君がここに!?」
僕は、動揺しながらそう聞いた。
あまりの驚きに、言葉が上手く出てこないほどだった。
一体なぜコンギツネがここに‥!?
僕は、家を出るとき、コンギツネには、
ちょっと出かけてくるね、
とだけしか言っていなかった。
どこに何をしに行くとかは、一切言っていなかったのだ。
なのに、なぜ‥。
‥‥‥
まさか‥、つけてきたのか?
一方、コンギツネはというと、僕の問いかけには答えることはなかった。
そして、なぜかサトウさんの方をキッと睨みつけると、
「ちょっと、あんた!
どういうつもり!?
一体、何をやっているのよ!!」
と、サトウさんに対して言ったのだった。
‥‥‥ん?
‥どういうことだ‥?
それに対しサトウさんは、
コンギツネをにっこりと見つめながら、
「‥あーら、コンちゃん。
お久しぶりね。1000年ぶりになるのかしらねえ‥。」
と言ったのだった。
‥‥‥
‥なぬ?
‥コンちゃん?‥1000年ぶり‥?
‥え?‥どゆこと?
僕は、突然の展開に頭がついていかなかったが、
コンギツネは、
「‥ここで話をするのは‥、ちょっと人目がありすぎるわ‥!」
と言い放つと、
サトウさんの腕をガシッと掴んで、駅から離れる方向へ引っ張っていった。
僕は、わけがわからないまま、
「‥え?‥ちょ、ちょっと待って!」
と言いながら、2人のあとを追いかけていった。
‥‥なんだ?
サトウさんは、コンギツネのことを知っているのか?
一体、何者なんだ?
やがて、僕ら3人は人気のない路地に入り込んだ。
そこで、僕は2人に対して、
「ちょっと、コンギツネ!
何なんだい、いきなり現れて!
‥というか、サトウさん‥、
君は一体‥?」
と疑問を投げかけた。
すると、コンギツネはサトウさんのことを指差して、
「あのね、いいですか、タチバナさん!
こいつは、人間じゃないんですよ!」
と言ったのだった。
‥人間じゃない?
‥一体、どういうことなんだ?
一方、それに対しサトウさんは、
「もう、やあねえコンちゃん。
そんなすぐ、バラさないでよ。
せっかくこれから、タチバナさんとデートするところだったのよ。」
とニヤニヤしながら言った。
‥どうやら‥、サトウさんが人間でないというのは、本当なのか‥。
だとしたら、一体‥。
コンギツネは、そんなサトウさんに対して、鋭い目を向けながら、
「ふざけてないで、さっさと正体を現しなさいよ!
こないだ、タチバナさんが持って帰ってたチョコレートから、あんたの匂いがプンプンしてたわ!
あんた、この人にどういうつもりで近づいたのよ!?」
と捲し立てた。
僕は、困惑しながら、
「‥サ、サトウさん‥、
君は一体なんなんだ‥?」
と、聞いた。
すると、サトウさんは、薄い笑みを浮かべつつ、
「ごめんなさいね、タチバナさん。
あなたとのデート、楽しみたかったんだけどね‥、
邪魔が入っちゃったから仕方ないわね。
‥それじゃ、私の、本当の姿をお見せするわ。」
と、言ったのだった。
‥‥本当の姿‥?
そして、次の瞬間、
ボンッ
と、サトウさんが白い煙に包まれた。
それから、その白い煙の中に見える人影が、ムクムクと形を変えていっていた。
‥一体どうなっているんだ‥?
僕は、固唾を飲んで見守っていた。
やがて、スゥーッと煙が晴れていった。
‥‥‥
‥すると、そこから現れたのは‥、
‥頭の上に"丸い耳"が、そして、お尻の辺りからは"太い尻尾"が生えた姿のサトウさんだった。
そして、そんな姿の彼女は、にっこりと笑いながらこう言ったのだった。
「どうも。
私、タヌキの妖怪の"ポンダヌキ"と申します!」
つづく