#28 コンギツネとブラックウィドウ

ある日の夜、

僕とコンギツネが夕飯を食べながらテレビを見ていたときだった。


ピンポーン


と、うちのインターホンが鳴った。


僕は、また誰か来たのか、と思いながら、玄関へと向かい、


「はーい。」


と、ドアを開けた。


ガチャッ


するとそこには、1人の外国人女性が立っていた。


その女性は、透き通るような白い肌をしており、髪の毛はやや赤みがかった色をしていた。

また、長いまつ毛を生やした茶色い瞳の目は、鋭い眼差しをこちらに向けており、かなりの目力を放っていた。

そして、抜群にスタイルのいいその体には、黒いボディスーツのような物をまとっていた。


なんにせよ、目が覚めるほどの美人だ。


f:id:inunigetorude:20220319222833p:plain


僕は、突然現れた見ず知らずの美人外国人女性に面くらいながら、


「あ‥、えっと‥、ど、どちらさまでしょう‥?」


と尋ねた。

それに対し、その女性は流暢な日本語で、


「こんばんは、突然の訪問失礼します。

私の名はナターシャ・ロマノフ、またの名を"ブラックウィドウ"といいます。」


と自己紹介をしてきた。


‥‥‥

‥またの名?‥ブラックウィドウ‥?

僕は、

またコンギツネ絡みの変なやつが来たのか?

と思いながらも、


「‥は、はあ。それで、そのナターシャさんがウチにどういったご用でしょうか?」


と聞いてみた。

すると、ナターシャさんは、


「玄関先で立ち話するのもアレなので、中に失礼します。」


と言い、勝手にツカツカとうちの中に上がり込んできた。


「あ、ちょっと‥。」


と、止めようとしたが、全然聞く様子は無かった。


部屋に入ってきたナターシャさんに気付いたコンギツネは、


「おわっ!だ、誰ですか‥!?」


と、驚きながら聞いていた。

‥コンギツネの知り合いではないのか‥。


それから、ナターシャさんは、

居間のテーブルの前に勝手に腰を下ろし、僕らの方を見ると、


「単刀直入に申し上げます。

私は、アメリカのヒーローチーム、

"アベンジャーズ"が所属している組織、

"シールド"から来ました。

私の目的は、こちらのお宅にある"インフィニティストーン"を確保し持ち帰ることなのです。」


と言ったのだった。


‥‥‥‥

アベンジャーズ?‥インフィニティストーン?


僕とコンギツネは、この人は何を言っているのだろうと目を見合わせた。


すると、ナターシャさんは、

長々と説明をし始めた。


アメリカには、"アイアンマン"や"キャプテンアメリカ"など、数多くのヒーローが存在します。

バラバラに活動していたヒーロー達ですが、強大な悪の力から世界の平和を守るため、一つに集まりチームを結成しました。

それが"アベンジャーズ"です。


私達アベンジャーズは、最近、

ある大きな"脅威"の存在に気づきました。

その脅威とは"サノス"。

この宇宙に存在する幾つもの星を滅ぼしてきた、凶悪極まりない宇宙人です。


サノスは、宇宙に存在する全ての生命を抹殺するため、インフィニティストーンという石を集めようとしています。

インフィニティストーンとは、この宇宙に6つ存在する神秘の石であり、

6つ全てを集めた者に、宇宙を滅ぼす力を与えると言われているのです。


だから、私達アベンジャーズは、サノスよりも先に、インフィニティストーンを探し出し、

サノスの手から守らなければいけないのです。」


f:id:inunigetorude:20220319223210p:plain


‥‥‥‥‥‥

‥ナターシャさんの話は、

まさに漫画や映画に出てくるような感じの突飛なものであり、普通ならにわかに信じられるようなものではなかった。

ただ、僕は、すでに隣りにコンギツネという非常識な存在が座っていることもあって、

正直、あまり疑ってもいなかった。


僕は、


「はあ、そうなんですか‥。

でも、うちにそんなインフィニティストーンなんてものはありませんよ。」


と言った。

何にしても、おかしなことに巻き込まれるのは嫌なので、さっさと帰ってもらおうと思った。

しかし、ナターシャさんは、


「いいえ、あなた方は、インフィニティストーンを手にしています。

何日か前、あなた方は、幕張メッセで行われたポケットモンスターの大会に参加されていたと思います。

そして、そこで赤い石の付いたバッジを受け取ったかと。

私達の調査では、その赤い石こそが、インフィニティストーンの1つ、

"リアリティストーン"なのです。」


と言ってきた。


‥‥確かに、僕らは先々月くらいに、幕張メッセポケモンの大会に参加していた。

そして、コンギツネはその大会でチャンピオンの少年を倒し、新チャンピオンに輝いていたのだ。

また、その賞品として、なんかバッジのようなものを貰ったような気もした。


f:id:inunigetorude:20220319223327p:plain


‥‥

というか、

そんな僕らも忘れてたようなことを調べてきたのか。


「ああ、そういえば確かにそんなような物を貰ったかもしれないです。

‥あれ、だけど、あれどこにやったっけかな?

‥‥ねえ、コンギツネ、

あのとき貰ったバッジってどうしたっけ?」


僕は、そのあとそのバッジをどうしたかなんて、すっかり忘れてしまっていたので、コンギツネに尋ねてみた。

すると、コンギツネは、


「‥ああ‥、えっとたしかあれは‥、

‥そんなにキレイなアクセサリーでもなかったからっていって‥、メルカリで売っちゃったんじゃなかったでしたっけ?」


と答えた。

‥‥‥‥

‥あ、そうだ!僕も思い出した。

たしか、これ別にいらないかなってことで、メルカリに出品したんだった。

たしか500円くらいで売れたんだっけ。


僕らがそんなやり取りをしていたのを見ていたナターシャさんは、みるみる顔が青ざめていった。


「‥な‥‥、う、売った‥?

‥イ、インフィニティストーンを‥‥?」


そして、ナターシャさんは、愕然とした表情でへなへなと崩れ落ちた。

どうやら、かなりショックを受けたみたいだ。


僕は、


「‥あ、ど、どうも、すみませんでした。

なんか、そんな大事な物だったなんて知らなくて‥。」


僕は、とりあえずそう言って謝ろうとした。

しかし、ナターシャさんは僕とコンギツネの方をキッと睨むと、その表情を一瞬で怒りのそれへと変えていった。


そして、ナターシャさんから僕らに対する怒涛の説教が始まった‥‥。


「あなた達はいったい何を考えているんですかっっ!?

インフィニティストーンを

売ってしまうなんて‥¥$%#*€%‥あれが

どれだけ重要な物か分かって‥#☆€¥#〒*¥○#€$☆♪€¥#%‥

‥FACKIN' JAP!!‥€$#%*%¥〆#‥」


ナターシャさんの言葉は、

感情が高ぶっているためか、ところどころ外国語になっていて、何を言っているのかよく分からなかった。

ただ、とりあえず、もの凄く怒っているのだけは伝わってきた。


僕は、


そんなこと言われたって、そんなインフィニティストーンとか知らなかったんだから、仕方ないじゃないか、


と言い返してやりたかった。

しかし、激怒している外国人女性というのはもの凄い迫力であったため、

僕は、完全に気持ちで負けてしまって、何も言い返すことが出来なかった。

横を見ると、コンギツネも同じのようで、正座をしたまま、ただただ頭を下げていた。


‥‥こういうところは、本当に日本人のダメなところなんだろうなと僕は思った。


それから、小1時間ほど僕らのことを罵倒したあと、ナターシャさんは、ようやくうちから出ていってくれた。

最後、出ていく間際、


「FACKIN' JAP!!」


と小さく吐き捨てていた。





つづく


#27 コンギツネとバレンタインデー④

「‥タ、タヌキの妖怪‥、ポンダヌキ‥?」


僕は目の前で"本当の姿"とやらを現したサトウさんを見ながら、

またおかしなやつが現れたのか‥

と思った。

と、同時に、せっかく知り合った女性が、人外の存在であったことに、なんだかとてもガッカリした。


一方、サトウさん‥‥ポンダヌキさんは、僕の方を見ると、


「あ、タチバナさん、びっくりしました?

今まで正体を隠しててごめんなさいね。

私って、普段は上手く人間に化けて人間社会の中に紛れて暮らしているんだけど、

実は、もう1000年以上も生きてる

"化け狸"なのですよ。」


と、オホホホと笑いながら言ったのだった。


‥‥‥化け狸‥。

‥キツネの次はタヌキか‥。


‥僕は正直、おかしなやつが現れることには何かもう慣れてきているので、

最早あんまり驚いてはいなかった。

そこで、


「‥いや、まあ‥、

そうだったんですね‥。

‥それで、ポンダヌキさんは、コンギツネと知り合いなんですか?」


と、疑問に感じていたことを聞いてみた。

そうすると、ポンダヌキさんは、


「ええ、そうなんですよ。

私とコンちゃんは、子供の頃からの幼なじみなんです。

大の仲良しの親友だったんですよ。

ねえ、コンちゃん?」


と、ニコニコしながら答えたのだった。


しかし、その言葉を聞いたコンギツネは、急に割って入ってきて、


「何言ってんのよ!私とあんたが親友ですって!

ふざけんじゃないわよ!

あんたが昔私に何したか忘れたの!?」


と、すごい剣幕で言ってきた。

何やら、えらい怒っている様子だった。

僕は、


「え?‥な、何?

昔、君ら何かあったの?」


と尋ねてみた。

するとコンギツネは、


「‥聞いてください、タチバナさん。

あれはずっと昔、まだ私が幼ない少女だった頃のこと、

私、好きな男の子が出来たことがあったんです。

でも、そのときの私は、まだ純粋な少女でしたから、なかなかそのことを相手に打ち明けることも出来ずにいました。

それで、その恋の悩みをこの女に相談してみたんです。

その時は、友達だと思っていたので‥。」


と、話し始めた。

そして、ポンダヌキさんのことをキッと睨むと、


「‥そしたら、なんとこの女は‥、

あろうことか‥、

その2日後に、その男の子と付き合っていたんですよ!」


と言ったのだった。


‥‥‥‥‥‥‥

何だそりゃ?


「‥‥えーと、何?つまり‥、

昔、君が好きだった男の子を彼女にとられたから、彼女に怒っているってこと‥?」


と、僕は聞いた。

すると、コンギツネは、


「そうです!しかも、1回だけじゃないんです!

そんなことが、3回も4回もあったんです!

‥この女は、私に嫌がらせするために、私が好きだった男の子を寝取るということを繰り返していたんです!」


と、怒りでカッカしながら、捲し立てた。


f:id:inunigetorude:20220308233011j:plain


‥なんだか、よく分からないが、

女同士の壮絶な争いがあったということか。


一方、コンギツネの怒りの言葉を聞いたポンダヌキさんは、


「あははは、そうだったかしらね。

でも、だって、私、コンちゃんの悔しそうな顔を見るのがたまらなく好きだったのよね。

だって、コンちゃんの悔しそうな顔って、すっごくカワイイんだもん!」


と言ってのけたのだった。


‥‥‥‥

‥やばい、この人サイコパスだ。


ポンダヌキさんは、さらに、


「それで、私最近、コンちゃんが封印から解かれたってことを風の噂で聞いたのね。

しかも人間の男性の家に居候しているらしいってことも。

で、そのコンちゃんがお世話になってる男性ってのがどんな人かなーって気になって、

それで、スタバの店員に化けてちょっと近づいてみることにしたのよ。


と言った。


‥‥‥

‥何だい、それ‥。

その男性が僕ってことか‥。


僕は、さっきまで、自分に新しい恋が訪れるのかもと思ってドキドキしていた。

なのにまさか、こんなオチが待っていたとは‥。

僕は、チョコとか手紙とかもらって喜んでた自分のことが、なんかすごく恥ずかしくなった。


しかし、ポンダヌキさんは、僕の方を見つめると、


「あ、だけどね、タチバナさん。

私が、あなたのこと素敵な人だなって思ってたことは本当なのよ。

だから、どうかしら?

そこのキツネ女なんか家から追い出して、私とお付き合いしません?

きっと、濃厚な大人のお付き合いが出来ると思うんだけど。」


と、微笑みながら言ってきたのだった。


いや、それはさすがにちょっと、

と、僕が言おうとした次の瞬間、


ゴウッッ!!


と、コンギツネが特大の"メラゾーマ"を、ポンダヌキさんに向けて放っていた。


ポンダヌキさんは、そのメラゾーマをヒラリとかわすと、


「あらあら、コンちゃん。

あなたって、相変わらず粗暴な子ね。

ほんとに喧嘩っ早いんだから。」


と、余裕たっぷりにそう言った。

それに対しコンギツネは、


「黙れ、クソダヌキ!

今度またふざけたこと言ったら殺すわよ!!」


と、激しく怒りながら叫んでいた。


「あらやだ、怖い怖い。

それじゃ、今日のところは退散するわ。

じゃあね、タチバナさん、

また、そのうちお会いしましょうね!」


それから、ポンダヌキさんはそう言うと、


ドロンッ


と、煙とともに消えたのだった。


‥‥‥

一体なんだったんだ‥。

‥僕は、今の嵐のような一連の出来事に、感情が追いつかずにいた。


一方、コンギツネは、

さっきまでポンダヌキさんがいた場所を睨みながら、肩で息をしていた。



その後、僕らは家に帰ることにした。

もう辺りは暗くなってきていた


f:id:inunigetorude:20220308223930p:plain


コンギツネは、その帰るその道すがら、


「ところで‥、

タチバナさんもタチバナさんですよ!?

あんな、性悪女の誘いにホイホイついていくなんて、どういうことですか!」


と、プンプン怒りながら言ってきた。

僕は、なぜ怒られているのかよく分からなかったけど、


「‥はあ、すみませんでした‥。」


と、とりあえず謝っておいた。




つづく


#26 コンギツネとバレンタインデー③

土曜日、

僕は、"渋谷駅前"で、夕方5時にサトウさんと待ち合わせをしていた。

食事の約束をしたのだ。


f:id:inunigetorude:20220307001620p:plain


この日は、お互いに仕事も休みの日であった。

だから、別に昼間の待ち合わせでもよかったのだが、

やはり、渋谷といえば5時だろうということで、この時間の約束にしたのだ。


もう3月になっており、日も幾分長く、夕方5時でも、まだ結構周りは明るかった。

また、少し前と比べて、寒さもいくらか和らいできていて、外での待ち合わせにも、特に苦もない季節であった。


サトウさんとは、彼女が働いているスターバックスで、もう何度も顔を合わせている間柄だった。

だが、こうして、店の外で会う約束をするのは初めてであった。

そのため、

僕は、いくらか緊張していた。


僕が、駅に到着し、出口のところで待っていると、

間もなく、サトウさんが小走りにやって来た。


「こんにちは。

すみません、お待たせしました。」


そう言いながら近づいてきたサトウさんは、

長いスカートを履き、上はブラウス、そして、その上から薄手のコートを着ているという、

春らしい格好をしていた。


僕は、初めて見るサトウさんの私服姿に、とても新鮮な気持ちを覚えると同時に、なんだかドキッとした。


「あ、どうもこんにちは。

僕もさっき来たとこで、そんな、待ってないですよ。」


と、僕は、そう言って挨拶をした。

そして、


「それじゃ、行きましょうか。」


と言い、予約をした飲食店に向かおうとした。


すると、そのときだった。


「ちょっと、待ちなさい!」


と、後ろから声をかけられた。

僕とサトウさんは、突然の呼びかけに、

一体何だと思いながら、振り返った。


すると、そこに1人の人物が立っていた。

僕は、その人物を見て、

目を疑った。


なんと、そこに、コンギツネが立っていたのだった。


f:id:inunigetorude:20220307010727p:plain


「‥え!?あ、あれ!?

‥コ‥コンギツネ‥!?

‥な、なんで君がここに!?」


僕は、動揺しながらそう聞いた。

あまりの驚きに、言葉が上手く出てこないほどだった。


一体なぜコンギツネがここに‥!?

僕は、家を出るとき、コンギツネには、

ちょっと出かけてくるね、

とだけしか言っていなかった。

どこに何をしに行くとかは、一切言っていなかったのだ。

なのに、なぜ‥。

‥‥‥

まさか‥、つけてきたのか?


一方、コンギツネはというと、僕の問いかけには答えることはなかった。

そして、なぜかサトウさんの方をキッと睨みつけると、


「ちょっと、あんた!

どういうつもり!?

一体、何をやっているのよ!!」


と、サトウさんに対して言ったのだった。


‥‥‥ん?

‥どういうことだ‥?


それに対しサトウさんは、

コンギツネをにっこりと見つめながら、


「‥あーら、コンちゃん。

お久しぶりね。1000年ぶりになるのかしらねえ‥。」


と言ったのだった。


‥‥‥

‥なぬ?


‥コンちゃん?‥1000年ぶり‥?

‥え?‥どゆこと?


僕は、突然の展開に頭がついていかなかったが、

コンギツネは、


「‥ここで話をするのは‥、ちょっと人目がありすぎるわ‥!」


と言い放つと、

サトウさんの腕をガシッと掴んで、駅から離れる方向へ引っ張っていった。

僕は、わけがわからないまま、


「‥え?‥ちょ、ちょっと待って!」


と言いながら、2人のあとを追いかけていった。

‥‥なんだ?

サトウさんは、コンギツネのことを知っているのか?

一体、何者なんだ?



やがて、僕ら3人は人気のない路地に入り込んだ。

そこで、僕は2人に対して、


「ちょっと、コンギツネ!

何なんだい、いきなり現れて!

‥というか、サトウさん‥、

君は一体‥?」


と疑問を投げかけた。

すると、コンギツネはサトウさんのことを指差して、


「あのね、いいですか、タチバナさん!

こいつは、人間じゃないんですよ!」


と言ったのだった。

‥人間じゃない?

‥一体、どういうことなんだ?


一方、それに対しサトウさんは、


「もう、やあねえコンちゃん。

そんなすぐ、バラさないでよ。

せっかくこれから、タチバナさんとデートするところだったのよ。」


とニヤニヤしながら言った。

‥どうやら‥、サトウさんが人間でないというのは、本当なのか‥。

だとしたら、一体‥。


コンギツネは、そんなサトウさんに対して、鋭い目を向けながら、


「ふざけてないで、さっさと正体を現しなさいよ!

こないだ、タチバナさんが持って帰ってたチョコレートから、あんたの匂いがプンプンしてたわ!

あんた、この人にどういうつもりで近づいたのよ!?」


と捲し立てた。

僕は、困惑しながら、


「‥サ、サトウさん‥、

君は一体なんなんだ‥?」


と、聞いた。

すると、サトウさんは、薄い笑みを浮かべつつ、


「ごめんなさいね、タチバナさん。

あなたとのデート、楽しみたかったんだけどね‥、

邪魔が入っちゃったから仕方ないわね。

‥それじゃ、私の、本当の姿をお見せするわ。」


と、言ったのだった。

‥‥本当の姿‥?


そして、次の瞬間、


ボンッ


と、サトウさんが白い煙に包まれた。

それから、その白い煙の中に見える人影が、ムクムクと形を変えていっていた。

‥一体どうなっているんだ‥?

僕は、固唾を飲んで見守っていた。


やがて、スゥーッと煙が晴れていった。

‥‥‥

‥すると、そこから現れたのは‥、

‥頭の上に"丸い耳"が、そして、お尻の辺りからは"太い尻尾"が生えた姿のサトウさんだった。


f:id:inunigetorude:20220307010757p:plain


そして、そんな姿の彼女は、にっこりと笑いながらこう言ったのだった。


「どうも。

私、タヌキの妖怪の"ポンダヌキ"と申します!」




つづく



#25 コンギツネとバレンタインデー②

ある日の仕事帰り、

僕はまた、行きつけのスターバックスに立ち寄った。

すると、店のレジには、その日も

サトウさんが勤務していた。

数日前のバレンタインデーに、僕にチョコレートをくれた女性店員さんだ。


「どうも、こんばんは。

こないだは、チョコレート、ありがとうございました。」


と、僕は、チョコをもらったことについてのお礼を言った。


「すごく美味しかったですよ。

すごいですね、あんな売り物みたいなチョコ作れるなんて!」


サトウさんがくれた手作りチョコは、

お世辞抜きで、高級チョコ店のチョコのような出来栄えの逸品だった。


「あ、いらっしゃいませ!

そうですか?良かった。

私、お菓子作りって結構好きなんです。」


と、サトウさんは、嬉しそうに笑顔で答えてくれた。


それから僕は、飲み物を注文し、受け取ると、レジを離れようとした。

すると、サトウさんが後ろから、


「あ、ちょっと待ってください!」


と声をかけてきた。


「はい?なんですか?」


僕が振り返ると、サトウさんは、


「すみません、これ、受け取ってもらえませんか‥?」


と言って、僕に一通の"封筒"を差し出してきた。

ピンク色の小さな封筒だった。


f:id:inunigetorude:20220225122725p:plain


「‥え?‥何ですかこれ?」


僕は、なんだろうと思いながら受け取った。

手紙?

するとサトウさんは、


「‥えっと‥、お手紙っていうか‥、

‥お家に帰ってから、読んでもらえませんか‥?」


と、少し恥ずかしそうな顔をしながら言ったのだった。


‥僕は、びっくりした。

こないだのチョコレートに続き、女性からこんなものをもらうとは。

‥ひょっとして、僕に好意を持ってくれているのだろうか‥。


それから僕は、言われた通り、店の中で封筒を開くことはせず、急いで注文したコーヒーを飲み干した。

口の中が若干火傷をしたが、そんなことは全然気にならなかった。

f:id:inunigetorude:20220225123149p:plain

そして、胸をドキドキさせながら、急ぎ足で家に帰った。


家に帰ると僕は、コンギツネがお風呂に入っている間に、封筒を開くことにした。

コンギツネがいるところで開けば、いろいろ聞かれて面倒かもと思ったからだ。


封筒の中には、1枚の手紙が入っていた。

その手紙には、


『こんにちは、いつも、お店に来てくれてありがとうございます。

今度、タチバナさんと、ぜひゆっくりお話しできたらなと思っています。

もし良ければ、お食事でも行きませんか?

ご連絡いただけたら嬉しいです。


LINE ID : ****    』


と書かれており、最後にはLINEのIDが記載されていた。


‥‥‥‥

‥まじか!?


これは完全に、女性からのお誘いの手紙だ。

まさか、行きつけの店の店員さんからこんな手紙をもらう日が来るなんて‥。

正直、めちゃくちゃ嬉しい。

こんなドラマみたいな形で、恋が始まることがあるのか‥。

‥いやいや‥。

まだ一度も2人で会ってもいないのに、そこまで期待するのは早計というものか‥。

‥いやしかし、好意のない相手に、こんな手紙を渡さないだろう‥。


僕は、ひとしきり自問自答を繰り返したあと、

とりあえず、LINEを送ってみることにした。


"こんばんは。お手紙、ありがとうございました。"


こんなシンプルな文面でいいだろうか‥。

まあいいや。とりあえず、これで送ってみよう。

すると、まもなく、


ピロリンッ


と、返信が届いた。


"こんばんは。

ご連絡、ありがとうございます。

突然、お手紙なんか渡しちゃってごめんなさい。汗

お手紙にも書きましたが、良ければ、

今度ご一緒にお食事でも行きませんか?^_^ "


と書かれてあった。


‥‥

ぬはっ!デートのお誘いだ!


僕は、軽く小躍りしたくなるくらいの嬉しい気持ちになっていた。

女性とこんなやり取りをするのは、もう本当に数年ぶりだった。

知らず知らずのうちに、顔がニヤついているのが分かった。


と、そのときだった。


「ふうー、いいお湯でしたー!」


と言いながら、コンギツネがお風呂から上がってきた。

やばいっ!

僕は慌てて、サッとスマホを隠した。

すると、その動きに気がついたコンギツネは、


「ん?どうかしたんですか?」


と聞いてきた。

なんだか不審そうな目をしている。

そこで僕は、平静を取り繕いながら、


「え?何が?

別になにもないけど。」


と、答えた。

なんとか、真顔を保とうとしながら。

すると、コンギツネは、


「ふーん‥、そうですか‥。」


と、不審そうな目をしたまま言った。


f:id:inunigetorude:20220225221101p:plain


‥ふう。危ないとこだった。

あんなニヤニヤしてるところを見られるところだった‥。


‥‥‥

‥いや、というか、別に、何も悪いことしてるわけじゃないのだから、何もこんな焦る必要はないのだけど‥‥。


しかし、僕はとりあえず、

その後もコンギツネの目を盗みながら、サトウさんとLINEのやり取りをし、

次の週末に会う約束を取りつけたのだった。




つづく




#24 コンギツネとバレンタインデー

2月14日、その日僕は、仕事を終えた帰り、

会社からの帰り道の途中にあるスターバックスに立ち寄った。

コーヒーを飲みながら、ゆっくり読書をするためだ。


f:id:inunigetorude:20220218214948p:plain


以前は、家に帰ってからも、のんびりと本を読むことができたのだが、

今は、家に帰ると1匹のキツネがいるため、なかなか静かに読書することが出来ない。

そのため、会社の帰りなど、たまにこのスターバックスに立ち寄り、1人で好きな本を読むことが、趣味のひとつになっていた。


店に入るとまず、飲み物を注文するため、カウンターに並んだ。

すると、


「あら、いらっしゃいませ!

こんにちは、また来てくれたんですね。」


と、1人の店員さんが声をかけてきてくれた。

彼女の名前は、サトウさん。

僕がよく、この店舗に来ているうちに、顔見知りになり、世間話をするようになった女性の店員さんだ。

年齢は、30歳代前半くらいだろうか。


f:id:inunigetorude:20220218214744p:plain


「あ、どうも、こんばんは。今日も仕事の帰りなんですよ。」


僕は、そう言って挨拶したあと、エスプレッソのコーヒーを注文した。

サトウさんは、手際良くコーヒーを入れて持ってきてくれた。

その後、お会計を済ませたとき、


「だけど、今日来ていただけて良かったです。これ、お渡ししたいと思ってたので。」


と、彼女がそう言った。

そして、何らや"小さい紙袋"を僕に手渡してきた。

薄い水色の可愛らしい袋だ。


f:id:inunigetorude:20220218215323p:plain


僕は、


「‥え?なんですか、これ?」


と、聞いた。

お店からのサービスか何かだろうか。


しかし、サトウさんは、


「これ、私からのプレゼント、というか、

バレンタインのチョコレートです。

いつも、お店に来てくれているお礼にと思って。」


と小声で言った。

え?バレンタインのチョコレート?

僕は、少し驚きながら、


「‥え?あ、ほ、本当ですか?

‥いいんですか、もらっちゃって?」


と聞いた。

そういえば今日はバレンタインデーだった。

が、まさか、こんなところでチョコレートをもらえるとは思わなかった。

彼女は、


「ええ、もし良かったら。

‥あ、というか、もしかして、彼女さんとかに悪いですかね?」


と言ってきた。

僕は、


「‥あ、いえ、全然!

ていうか、彼女とかいないですし。」


と答えた。

僕は、もう33歳にもなるのだが、未だに独身であり、それどころか恋人ももう何年もいなかった。

すると彼女は、


「あ、そうなんですね。じゃあ、ぜひ食べてください。」


と言って、にっこりと笑ったのだった。


その後僕は、後ろに次のお客さんが並んだこともあり、

コーヒーと、受け取った紙袋を持って、レジを離れた。

そして、しばらく読書をしたのち、スターバックスを後にし、家路についた。

帰る途中、僕は、予期せぬ女性からのプレゼントに、なんだか胸がドキドキしていた。


それから、僕は家に着き、


「ただいまー。」


と、家のドアを開けた。

すると、開けるなり、家の中からコンギツネがバタバタと駆けてきた。

コンギツネは、手に何やら、お皿に乗せられた"泥のかたまり"のような物を持っていた。

‥何だ、あれは?


コンギツネは、その泥のかたまりのような物を、僕に向けてつき出すと、


「おかえりなさい!そして‥、

ハッピーバレンタイーン!!」


と、嬉しそうに言ったのだった。


f:id:inunigetorude:20220218223330p:plain


僕は、


「え?あ、ああ、ただいま‥。

‥ていうか、何それ?」


と、コンギツネが手に持っている物を見ながら聞いた。

すると、コンギツネは、


「チョコレートケーキですよ!

今日、2月14日はバレンタインデーと言って、女性が男性にチョコレートを贈る日だと聞きました!

なので、私が1日かけて作ったんです!!」


と、鼻高々に答えた。


「‥‥え?‥本当に?」


まさか、コンギツネがチョコレートケーキなんか作っていたとは‥。

‥‥‥

‥まあ、一目見ただけでは、なかなかケーキとはわからない代物だが‥。


それから僕は、台所の方にちらりと目をやった。

すると、台所はまるで野戦病院のように、とっ散らかっていた。

あちこちに、調理器具や食材が投げ出され、テーブルや床や天井にまで、粉やら生クリームやらが飛び散っていた。

コンギツネが、四苦八苦しながら、難しい料理をしていた様が、目に浮かぶようだった。


その台所の惨状を見るにつけ、僕はいつもなら、文句のひとつも言ってやりたくなるところだった。

しかし、料理の下手なコンギツネが、僕のために一生懸命チョコレートケーキを作ってくれたのだなと思うと、

率直に嬉しい気持ちになった。

なので僕は、


「そうなんだ。

それは、どうもありがとう。」


と素直に返した。

一方、ニコニコしていたコンギツネだったが、

僕が持っている紙袋に気がつくと、


「あれ?その袋は何ですか?」


と聞いてきた。

そこで、僕は、

スターバックスで、顔見知りの店員さんからチョコレートをもらったといういきさつを話した。


すると、コンギツネは、


「‥ふーん‥。」


と言いながら、紙袋をしげしげと眺めた。

そして、


「ちょっと、出してみてもいいですか?」


と言って、紙袋からチョコレートを取り出した。


取り出されたチョコレートは、とても美味しそうなトリュフチョコだった。

市販のラッピング素材のような袋に入れられていたため、どうやら手作りであることは間違いなさそうだが、

しかし、お店で売っていてもおかしくないくらい、綺麗で、高級感のある出来栄えのチョコであった。


f:id:inunigetorude:20220218223618p:plain


僕は、


「すごい、さすがスタバの店員さんだなあ。

こんな売り物みたいなチョコを作れるなんて。」


と感心しながら言った。

一方、コンギツネは、そのチョコを見ながら、


「‥‥‥‥。」


と、何やら黙っていた。

また、袋の中には、1枚の手紙も入っていた。

手紙には、


"いつも、お店に来てくれてありがとうございます。

これからも、よろしくお願いしますね。^_^ "


と書かれてあった。

可愛らしい手書きの文字だった。


僕は、こんなふうに女性から贈り物や手紙なんかをもらうのは、本当に久しぶりのことだった。

そのため、ものすごく感激し、とても嬉しい気持ちになっていた。


一方、コンギツネは、

その手紙をしげしげと見ながら、


「‥‥‥‥

‥ふーん‥‥‥。」


と無表情でつぶやいていた。




つづく


#23 コンギツネの里帰り④

僕とコンギツネは、広い畳の部屋に通された。


10畳以上はあるその部屋の中央には、大きな座卓が置いてあり、

座卓の周りには、座布団が並べてあった。

田舎の家の大部屋といった感じの部屋だった。


また、部屋の角には床の間があり、


"狐裘蒙戎"


という四字熟語が書かれた掛け軸がかけられていた。


f:id:inunigetorude:20220209011028p:plain


僕は、


「あれは、どういう意味なんですか?」


と聞くと、コンギツネのお母さんは、


「さあ、よく知らないんだけどね、

ただ、"狐"という字が入ってた掛け軸を適当に買ってきて、飾ってるだけなのよ。」


と、おほほほ、と笑いながら答えた。

僕は、このお母さんは、ずいぶん大雑把な人なのだなと思った。


それから、


「それじゃ、ちょっとここで座って待っててね。

今、お茶を用意するわね。それから、お父さんも呼んでくるわ。」


と言って、部屋から出ていった。

僕とコンギツネは、促されたままに、座布団に腰を下ろした。とても、フカフカの座布団だった。


その後、間もなくして、


「粗茶でございます。」


と言って、ミタさんが湯飲みに入った日本茶を持ってきてくれた。

再び現れたミタさんに、コンギツネは一瞬ビクッとしたが、ミタさんはお茶だけ置くと、すぐに出ていった。


僕は、ミタさんが持ってきてくれたお茶に口をつけてみた。そのお茶は、今まで飲んだことがないくらい、深い味わいだった。

コンギツネは、


「ミタさんの入れてくれるお茶は、すごく美味しいんですよ。」


と言った。

なるほど、確かにミタさんは、仕事は、とてもよく出来るみたいだ。


それからしばらくして、今度は、1人の男性が入ってきた。

その人は、年齢50〜60歳くらいの見た目のおじさんだった。

が、この人にもやはり、キツネの耳と尻尾がついていた。


その人は、部屋に入ってくるなり、コンギツネの方を見ると、


「おおっ!コンちゃん!

やっと帰って来てくれたか!

会いたかったよ〜!!」


と言って、コンギツネに飛びつき、頬を擦り寄せていた。


f:id:inunigetorude:20220209011144p:plain


コンギツネは、


「ちょっ、お父さん、やめてよ!

恥ずかしい‥!」


と言って、その人を押し返そうとしていた。

どうやら、この男性が、コンギツネのお父さんみたいだ。

そして、コンギツネのお父さんは、服の懐から1万円札を取り出すと、


「ほら、お小遣いをあげよう。お母さんには内緒だよ。」


と言ってコンギツネに渡した。

すると、そのお金を受け取ったコンギツネは、


「うわぁ、ありがとう!お父さん大好きー!」


と言って、目をキラキラさせた。

そう言われたお父さんは、嬉しそうにニヤニヤしていた。

‥どうやら、かなり娘に甘い父親みたいだ。


それから、コンギツネのお父さんは、僕の方に気付くと、


「おや、ところで君は‥?」


と聞いてきた。

僕は、


「‥あ、ど、どうも、こんにちは。

初めまして、僕、タチバナといいます。」


と挨拶をした。

すると、コンギツネのお父さんは、


「ほほう、なるほど、君がねえ‥。」


と言いながら、僕の方をジロジロと見てきた。

‥なんなんだろう‥。

それから、お父さんは、


「‥それで‥、君は、うちのコンギツネとどういう関係なのかな?」


と尋ねてきたのだった。

‥どういうと言われても‥、

一言で言えば、"無関係"なのだが‥。

しかし、コンギツネが間に入るようにして、


タチバナさんは、私の封印を解いてくれた人なのよ。」


と言った。

その言葉を聞いて、お父さんは、


「ほう、なるほどねえ‥。

‥しかし、それだけかな‥?」


と言って、僕のことをジロリと見てきた。

‥なんだか、僕は居心地が悪かった。


だが、それから間もなくして、お母さんとミタさんが、大量の料理とお酒を持ってきてくれた。

すごい量の稲荷寿司や、何種類もの豪勢なオードブルが座卓の上に並べられた。

肉料理や魚料理など、よりどりみどりだ。

また、ビールや日本酒などお酒もいろいろ用意してくれていた。

そして、


「お待たせ。

それじゃあ、ご飯にしましょうか!」


と、お母さんが言ったのだった。


f:id:inunigetorude:20220209011310p:plain


それから、僕達は、

豪華な料理を食べながら、いろいろな話に花をさかせた。

コンギツネの東京での生活や、ご両親の笠間での暮らしのことなど、話す内容は尽きなかった。

そして、料理はどれもとても美味しかった。

それらの美味しい料理もみんな、ミタさんが作ってくれたものだということだった。


「ところで、すごい綺麗な家に建て替えたみたいだけど、すごいわね。

ずいぶんお金かかったんじゃない?」


話の中で、コンギツネはふと、そう質問をした。

すると、コンギツネのお父さんは、


「あっはっは。なあに、全然大したことはないさ。なんせ、私は

"株"でがっぽり儲けているからね!」


と言ってきた。アルコールが入って、すっかり上機嫌だ。

僕は、


「"株"?株なんてやられているんですか?」


と、驚きながら聞いた。

狐の妖怪なのに、株式投資なんかしているとは‥‥、はちゃめちゃな話だなと思った。

すると、お父さんは、


「いやいや、なんせ、私達"妖狐"は寿命が長いからね。

何十年か前に、暇つぶしに

初めてみたんだが、これがなかなか面白いんだ。

君もぜひ、やるといい。」


と、わっはっは、と笑いながら、答えた。

こうやって、お酒を飲んで、楽しそうにしゃべっている姿は、普通の人間のおじさんにしか見えない。

お父さんは、さらに、


たとえば、15年くらい前に適当に買った‥、あれはたしか‥アメリカの‥

"アマゾン"とかいう会社の株だったかな。

あれなんか、それから50倍以上に、なったんだからね。

まったく、大儲けだったよ。」


と言って自慢してきた。


f:id:inunigetorude:20220209011641p:plain


「‥は、はあ‥。」


僕は、驚くと同時に、なんとも羨ましい話だなと思った。



その後、しばらくして、会食はお開きとなった。

その夜は、僕は、コンギツネの実家に泊めてもらうことになった。

お風呂や、フカフカの布団が敷いてある部屋も用意してもらった。

僕は、いろいろあったものの、

ここは、とても暖かい、いい"家"だなと思った。



そして、翌日、

僕とコンギツネは、東京に帰ることにした。

帰り際には、大量の稲荷寿司やら、お菓子やらフルーツやら、お土産をどっさり持たせてくれた。


コンギツネのお母さんは、僕に、


「また、いつでも遊びに来てね!

この家を、あなたのもう一つのお家だと思ってくれていいのよ。」


と、言ってくれた。

また、お父さんは、

娘が世話になるからと言って、

100万円くらいありそうな札束を、僕に渡してよこそうとした。

さすがに、そんなもの受け取るのは気が引けるので、僕は、

気持ちだけで、と言って断った。


最後に、ミタさんが、挨拶をしに近づいてきた。

コンギツネは、ミタさんが近づいてきたことで、少しビクビクしている様子だったが、

ミタさんは、コンギツネに対し、


「お嬢様、昨日は失礼を致しました。

もうお嬢様も大人ですから、どこで何をされていたとしても、私はとやかく言うつもりはございません。

私は、この家より、お嬢様が元気で過ごされることをお祈りしております。」


と言った。

そして、さらに、


「‥ただ、これだけは覚えておいて下さいませ。

‥私達"妖狐"と、人間の男性とでは、

"命の時間"が違う、

ということを‥。」


と、付け加えたのだった。


f:id:inunigetorude:20220209012725p:plain



それから、僕達は、車を走らせ帰路に着いた。

コンギツネは、やはりというか、

後ろのシートで爆睡していた。





つづく


#22 コンギツネの里帰り③

ゴオオオオオオッッ!!


家政婦のミタギツネさんの放った巨大な火の玉が、コンギツネに襲いかかった。

あ、危ないっ!!


「ひっ、ひいいいいいいっっ!!」


しかし、コンギツネは必死で身をひるがえし、そのメラゾーマをなんとか、すんでのところでかわすことができた。

火の玉は、そのまま背後にあった1本の木に直撃した。


ドーーーンンッッ!!


f:id:inunigetorude:20220207211011p:plain


木は、一瞬で燃え上がり、あっという間に灰に変わった‥。


‥ミタさんのメラゾーマは、今まで何度か見てきたコンギツネのメラゾーマと比べて、数倍の威力があるように思えた。

それはもう、完全にギャグで済まないレベルのものだった。


「お嬢様、この期に及んで往生際が悪いですよ!最期にそんな見苦しいお嬢様の姿は見たくありません!

せめてもの慈悲として、一瞬で逝かせてさしあげますから、おとなしくしていてくださいませ!」


と、ミタさんは、とんでもなく怖いセリフを真顔で吐いた。

一方、コンギツネはというと、

恐怖で腰が抜け、涙目になり、


「あわわわわわわ‥。」


と、言葉を発せられずにいる。

いつも、ふてぶてしいコンギツネのこんな姿は見たことが無かった。


僕は、


「ちょ、ちょっと家政婦さん、落ち着いてください!

あなた、自分が何をしているか分かっているんですか!?

あんなメラゾーマが当たったら、本当に死んでしまいますよ!?」


と、ミタさんを止めようと叫んだ。

しかし、ミタさんは、


「どうか、止めないでくださいませ!

こうするほかないのです!!」


と全く聞かずに、また気を溜め始めた。

さらに、


「それから、少し勘違いされていらっしゃるようですが、

今のはメラゾーマではありません。」


と言った。


‥‥‥‥え?

どういうことだろう‥?

今の火の玉の呪文は、コンギツネもよく使っているメラゾーマじゃないのか?

と、僕は思った。


すると、ミタさんは、


「今のは、"メラ"です。

同じ呪文でも、使う人間によって、その威力は大きく異なるのです。」


と、驚くべきことを言った。


!?

なんだって!?

コンギツネのメラゾーマより数倍の威力があるように見えた今の呪文が、ただのメラだったというのか!?


どうやら、ミタさんは底知れない強さを持っているようだった。

コンギツネも、驚愕の表情を浮かべていた。


そして、ミタさんは、


「さあ、お嬢様、

これで終わりにしてさしあげます!」


と言って手を伸ばし、

2発目をコンギツネに向け放とうとした。


だめだ、コンギツネは戦意喪失してしまっていて動けない!

今度は、かわせそうにない!


‥‥と、その時だった。

家の中から、


「おやめなさいっっ!!」


という声が響いた。


ミタさんはその声に、ビクッとして動きを止めた。

そして、声のした方へそろそろと振り向いた。

僕も、そちらの方向に目をやった。

すると、家のドアの中から、1人の女性が出てきたのだった。


その人は、見た感じ50歳代くらいの、ややふっくらとした体型の女性であった。

そして、頭の上を見ると、この人もやはり、キツネの耳をつけていた。お尻には尻尾も。


f:id:inunigetorude:20220207211117p:plain


ミタさんは、その人を見て、


「お、奥様‥‥。」


とつぶやいた。


‥奥様‥?‥ということは、この人が‥。


その女性は、ミタさんの方に向くと、


「ちょっと、ミタさん!あなた、何やってるの?

こんな、玄関先で攻撃呪文なんか使って!

うちの中まで大きな音が聞こえてきたわよ、

まったく騒々しい!」


とピシャリと言った。

言われたミタさんは、


「も、申し訳ありません、奥様‥。」


と、下を向きシュンとしてしまった。

それから、その奥様と呼ばれた女性は、腰を抜かして尻もちをついているコンギツネの方を見ると、


「あら、コンちゃん。あんた、やっと帰ってきたのね。

まったくもう、ほんと何年ぶりだと思ってるのよ!」


と言った。


コンギツネは、その言葉を聞くと、堰を切ったように、どっと目に涙を溢れさせた。

そして、腰を抜かしていたところから、なんとかヨロヨロ立ち上がると、


「‥お、お母さーーんっ!」


と叫びながら、その女性に抱きついたのだった。

やはり、この人がコンギツネのお母さんなのか。

そして、コンギツネのお母さんは、


「あらあら、どうしたのよ。

久しぶりに会うなり。」


と言いながら、自分の体にしがみついている娘の頭を優しく撫でてやっていた。

コンギツネは、久しぶりに母親に会えた喜びからか、

はたまたミタさんによる死の恐怖から解放された安堵感からか、


「ふええええ。お、お母さんんん‥。」


と、ずっと泣きじゃくり、母親の服に鼻水をこすりつけていた。


f:id:inunigetorude:20220208095908p:plain


僕は、久しぶりの親子の対面に、なんだか感動的な気持ちになった。


一方、そんな2人を見ていたミタさんは、


「お、奥様、申し訳ありません。

私の教育が至らなかったばかりに、お嬢様が親不孝な不良に‥‥。

この責任は、私がとらなければなりません。

どうか、お嬢様と心中をさせてください!」


と、また恐ろしいことを言い放った。

‥まだ言うんか‥。


しかし、コンギツネのお母さんは、ミタさんの方に向き直ると、


「何を言ってるの、あなたは。

あのね、ミタさん。

私は確かにあなたに、コンギツネとフォックスのしつけや教育をお願いしていたけどね、

やりすぎなのよ!

何も、そこまですることないでしょう!」


と、嗜めるように言った。


「し、しかし、奥様‥。」


ミタさんは、まだ何か言おうとしたが、お母さんは、


「もう、いつまでもバカなこと言ってないで、あなたは、家の中でお掃除でもしてなさい!」


と、ミタさんの言葉を遮るように言った。

そう言われたミタさんは、


「‥し、承知しました‥。」


と、すごすごと家の中へ戻っていった。


コンギツネのお母さんは、そんなミタさんの後ろ姿を見送ったあと、

くるっと僕の方を見た。

そして、


「こんにちは、すっかり挨拶が遅れちゃったけど、あなたがタチバナさんね。」


と言ってきた。

僕は、急に声をかけられてドキッとしたが、


「‥あ、は、はい。

そうです。は、初めまして。」


と、とりあえず挨拶をした。

お母さんは、


「ごめんなさいね、この前は。

突然あなたの携帯に電話しちゃって。

それから、ミタさんの事もごめんなさいね。

驚かせちゃったでしょう?」


と言った。

‥確かに‥、今の、家政婦の一連の行動には、驚きを禁じ得なかった。

僕は、


「‥え?あ、はあ、まあ、そうですね‥。

なんというか‥‥、

あの方は本当に家政婦さんなんですか‥?」


と聞いた。

なんで、あんな人を雇っているのだろうか。

すると、お母さんは、


「ええ、まあ、でも優秀な家政婦ではあるんだけどね‥。家事もよく出来るし。

ただ、ちょっと真面目すぎるというか、思い込みの激しいところがあって‥。

でも、根はいい人なのよ。」


と、穏やかな笑顔でそう答えた。

さっきまで、自分の娘が殺されそうになっていたというのに‥。

僕は、このお母さんは、とても大らかな人なんだなと思った。


そして、


「まあ、とりあえずいらっしゃい。

よく来てくれたわ。うちに入って。」


と言ってくれた。




つづく