#23 コンギツネの里帰り④

僕とコンギツネは、広い畳の部屋に通された。


10畳以上はあるその部屋の中央には、大きな座卓が置いてあり、

座卓の周りには、座布団が並べてあった。

田舎の家の大部屋といった感じの部屋だった。


また、部屋の角には床の間があり、


"狐裘蒙戎"


という四字熟語が書かれた掛け軸がかけられていた。


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僕は、


「あれは、どういう意味なんですか?」


と聞くと、コンギツネのお母さんは、


「さあ、よく知らないんだけどね、

ただ、"狐"という字が入ってた掛け軸を適当に買ってきて、飾ってるだけなのよ。」


と、おほほほ、と笑いながら答えた。

僕は、このお母さんは、ずいぶん大雑把な人なのだなと思った。


それから、


「それじゃ、ちょっとここで座って待っててね。

今、お茶を用意するわね。それから、お父さんも呼んでくるわ。」


と言って、部屋から出ていった。

僕とコンギツネは、促されたままに、座布団に腰を下ろした。とても、フカフカの座布団だった。


その後、間もなくして、


「粗茶でございます。」


と言って、ミタさんが湯飲みに入った日本茶を持ってきてくれた。

再び現れたミタさんに、コンギツネは一瞬ビクッとしたが、ミタさんはお茶だけ置くと、すぐに出ていった。


僕は、ミタさんが持ってきてくれたお茶に口をつけてみた。そのお茶は、今まで飲んだことがないくらい、深い味わいだった。

コンギツネは、


「ミタさんの入れてくれるお茶は、すごく美味しいんですよ。」


と言った。

なるほど、確かにミタさんは、仕事は、とてもよく出来るみたいだ。


それからしばらくして、今度は、1人の男性が入ってきた。

その人は、年齢50〜60歳くらいの見た目のおじさんだった。

が、この人にもやはり、キツネの耳と尻尾がついていた。


その人は、部屋に入ってくるなり、コンギツネの方を見ると、


「おおっ!コンちゃん!

やっと帰って来てくれたか!

会いたかったよ〜!!」


と言って、コンギツネに飛びつき、頬を擦り寄せていた。


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コンギツネは、


「ちょっ、お父さん、やめてよ!

恥ずかしい‥!」


と言って、その人を押し返そうとしていた。

どうやら、この男性が、コンギツネのお父さんみたいだ。

そして、コンギツネのお父さんは、服の懐から1万円札を取り出すと、


「ほら、お小遣いをあげよう。お母さんには内緒だよ。」


と言ってコンギツネに渡した。

すると、そのお金を受け取ったコンギツネは、


「うわぁ、ありがとう!お父さん大好きー!」


と言って、目をキラキラさせた。

そう言われたお父さんは、嬉しそうにニヤニヤしていた。

‥どうやら、かなり娘に甘い父親みたいだ。


それから、コンギツネのお父さんは、僕の方に気付くと、


「おや、ところで君は‥?」


と聞いてきた。

僕は、


「‥あ、ど、どうも、こんにちは。

初めまして、僕、タチバナといいます。」


と挨拶をした。

すると、コンギツネのお父さんは、


「ほほう、なるほど、君がねえ‥。」


と言いながら、僕の方をジロジロと見てきた。

‥なんなんだろう‥。

それから、お父さんは、


「‥それで‥、君は、うちのコンギツネとどういう関係なのかな?」


と尋ねてきたのだった。

‥どういうと言われても‥、

一言で言えば、"無関係"なのだが‥。

しかし、コンギツネが間に入るようにして、


タチバナさんは、私の封印を解いてくれた人なのよ。」


と言った。

その言葉を聞いて、お父さんは、


「ほう、なるほどねえ‥。

‥しかし、それだけかな‥?」


と言って、僕のことをジロリと見てきた。

‥なんだか、僕は居心地が悪かった。


だが、それから間もなくして、お母さんとミタさんが、大量の料理とお酒を持ってきてくれた。

すごい量の稲荷寿司や、何種類もの豪勢なオードブルが座卓の上に並べられた。

肉料理や魚料理など、よりどりみどりだ。

また、ビールや日本酒などお酒もいろいろ用意してくれていた。

そして、


「お待たせ。

それじゃあ、ご飯にしましょうか!」


と、お母さんが言ったのだった。


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それから、僕達は、

豪華な料理を食べながら、いろいろな話に花をさかせた。

コンギツネの東京での生活や、ご両親の笠間での暮らしのことなど、話す内容は尽きなかった。

そして、料理はどれもとても美味しかった。

それらの美味しい料理もみんな、ミタさんが作ってくれたものだということだった。


「ところで、すごい綺麗な家に建て替えたみたいだけど、すごいわね。

ずいぶんお金かかったんじゃない?」


話の中で、コンギツネはふと、そう質問をした。

すると、コンギツネのお父さんは、


「あっはっは。なあに、全然大したことはないさ。なんせ、私は

"株"でがっぽり儲けているからね!」


と言ってきた。アルコールが入って、すっかり上機嫌だ。

僕は、


「"株"?株なんてやられているんですか?」


と、驚きながら聞いた。

狐の妖怪なのに、株式投資なんかしているとは‥‥、はちゃめちゃな話だなと思った。

すると、お父さんは、


「いやいや、なんせ、私達"妖狐"は寿命が長いからね。

何十年か前に、暇つぶしに

初めてみたんだが、これがなかなか面白いんだ。

君もぜひ、やるといい。」


と、わっはっは、と笑いながら、答えた。

こうやって、お酒を飲んで、楽しそうにしゃべっている姿は、普通の人間のおじさんにしか見えない。

お父さんは、さらに、


たとえば、15年くらい前に適当に買った‥、あれはたしか‥アメリカの‥

"アマゾン"とかいう会社の株だったかな。

あれなんか、それから50倍以上に、なったんだからね。

まったく、大儲けだったよ。」


と言って自慢してきた。


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「‥は、はあ‥。」


僕は、驚くと同時に、なんとも羨ましい話だなと思った。



その後、しばらくして、会食はお開きとなった。

その夜は、僕は、コンギツネの実家に泊めてもらうことになった。

お風呂や、フカフカの布団が敷いてある部屋も用意してもらった。

僕は、いろいろあったものの、

ここは、とても暖かい、いい"家"だなと思った。



そして、翌日、

僕とコンギツネは、東京に帰ることにした。

帰り際には、大量の稲荷寿司やら、お菓子やらフルーツやら、お土産をどっさり持たせてくれた。


コンギツネのお母さんは、僕に、


「また、いつでも遊びに来てね!

この家を、あなたのもう一つのお家だと思ってくれていいのよ。」


と、言ってくれた。

また、お父さんは、

娘が世話になるからと言って、

100万円くらいありそうな札束を、僕に渡してよこそうとした。

さすがに、そんなもの受け取るのは気が引けるので、僕は、

気持ちだけで、と言って断った。


最後に、ミタさんが、挨拶をしに近づいてきた。

コンギツネは、ミタさんが近づいてきたことで、少しビクビクしている様子だったが、

ミタさんは、コンギツネに対し、


「お嬢様、昨日は失礼を致しました。

もうお嬢様も大人ですから、どこで何をされていたとしても、私はとやかく言うつもりはございません。

私は、この家より、お嬢様が元気で過ごされることをお祈りしております。」


と言った。

そして、さらに、


「‥ただ、これだけは覚えておいて下さいませ。

‥私達"妖狐"と、人間の男性とでは、

"命の時間"が違う、

ということを‥。」


と、付け加えたのだった。


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それから、僕達は、車を走らせ帰路に着いた。

コンギツネは、やはりというか、

後ろのシートで爆睡していた。





つづく