#9 コンギツネの恐竜②

ピー助が生まれてから2週間が経った。

コンギツネは、
とても一生懸命にピー助の世話をしていた。

エサには、
魚の切り身や、魚肉ソーセージを細かくして与えた。
また、バレーボールを使って、
ピー助とボール遊びをしてやっていた。

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僕が、首長竜は水棲の恐竜であるということを教えると、
夜中に公園に連れて行き、池で泳がせてやったりもしていた。

コンギツネは愛情をもってピー助の面倒を見ていた。
また、ピー助もそれに応えるように、日に日にコンギツネに懐くようになっていた。

僕は、そんな光景をとても微笑ましい気持ちで眺めていた。

が、同時に、懸念も覚えていた。

今はまだ小さいからいいが、
この先大人になったら、この恐竜は車くらいの大きさになるだろう。
そしたら、もう家で飼うのは不可能ではないか。

それに、もし恐竜を飼っているなんてことが世間に知れたら、大騒ぎになるのではないか。


僕が、そんな不安を感じていたある日の晩、

ピンポーン

うちのインターホンが鳴った。

「何だろう。」

僕は、家のドアを開けた。
すると、そこには、
黒いスーツを着て、黒いサングラスをかけた男性が立っていた。

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見るからに怪しい人物を前に、僕は、

「ど、どなたでしょう‥?」

と、警戒しながら聞いた。

しかし、その男は

「失礼。」

とだけ言うと、

僕を押しのけて、ずかずかとうちにあがりこんできた。
なんなんだ。


家の中では、ピー助とコンギツネが一緒に遊んでいた。

コンギツネは、男に気がつくと、
びっくりしながら、

「な、何ですか、あなたは!?」

と言い、
慌てて帽子をかぶり、耳を隠した。

しかし、男はそちらに気づいた様子はなく、
ピー助の方に目をやると、

「やはり、いた。」

と言って、ニヤリとしたのだった。


「なんなんですか、あなた!?
いきなりウチに入り込んできて!!」

コンギツネは、強い口調で男に言った。

それに対し男は、

「私が何者かということは、
この際どうでもいい。
"希少な動物を収集している団体"の人間である、
ということだけ言っておきましょう。」

と答えた。さらに、

「単刀直入に申し上げますが、
こちらの恐竜を、是非私どもに譲っていただけないでしょうか?」

と言ったきたのだった。

ゆずる?

ピー助を?

僕とコンギツネは驚いた顔をした。

「な、何をいきなり。
そもそも、なぜうちに恐竜がいることを知ってるんですか?」

と僕は、男に聞いた。

男は、

「私どもには、世界中の珍しい動物に関する情報が入ってくるのです。
先日も、この近所の公園で、
あなたがたが、恐竜のような生き物を遊ばせているという情報が入り、
こちらに伺ったのです。」

と答えた。

なんてことだ。
ピー助を外に出したのが、見られていたのか。

男はピー助を見ながら、

「しかし、本当にいるとは驚いた。
これは首長竜のようですね。」

と言った。

さらに、

「もう一度言いますが、
この恐竜を、是非こちらに譲ってください。
どの道、恐竜なんて一般家庭で飼える生き物ではないでしょうから、
私どもの団体で保護してあげた方が、この恐竜にとっても幸せでしょう。」

と、要求してきたのだった。

ピー助は、不穏な雰囲気を感じ取ったのか、
怯えたような顔をしている。

男の要求に対し、コンギツネは、

「そ、そんなの、お断りします!
絶対ダメです!
ピー助は、私の大事なペット、
いや、家族なんです。
ピー助を渡すなんて、絶対できません!」

と、男をにらみながら、きっぱりと断った。

‥僕も、この男にピー助を譲るというのは、
気が進まなかった。

確かに、この先もうちで恐竜を飼い続けるのは、
難しいことかもしれない。

しかし、だからといって、
こんな怪しげな人間にピー助を渡せば、ピー助がどんな目に会うか分からない。
世界中で見せ物にされたり、何かの実験材料にされてしまうかもしれない。

「すみませんが、
このピー助は、この娘が可愛がっている大事な恐竜なんです。
申し訳ないけど、お引き取り願えませんか。」

僕は、男にそう言った。

しかし男は、

「そこをなんとか、譲ってもらえませんか?
もちろん、相応のお礼はしますが。」

と言って、引き下がらなかった。

それに対し、コンギツネは、

「しつこいです!
ピー助は、あなたみたいに怪しい人に、
渡さないと言ったら、絶対に渡しません!!
早く帰ってください!!」

と、強い言い方で返した。

そう言われた男は、少しカチンときたような表情をして、

「ふう、なかなか強情な人達ですね。
言っておきますが、こちらが本気になれば、
力づくで奪いとる事だってできるんですよ。
こちらとしても、別に、手荒な事はしたくないんですがね。」

と物騒なことを言ってきた。
ついに、本性を現そうというのか‥。

場にピリッとした空気が流れる。

コンギツネは、

「そ、そんな、脅そうったって無駄です!
ピー助。大丈夫よ!
私が守ってあげるからねっ!」

と引かずに、
ピー助の方を見ながら言い放った。

「ピューイ!ピューイ!」

ピー助は嬉しそうな顔をした。

僕は、2人の絆の深さにとても感心した。

が、
男は、

「では‥。」

と言うと、
スーツの内ポケットにすっと手を入れた。

まさか、拳銃でも取り出そうというのか。

バッ

しかし、
男が内ポケットから取り出したのは、
"札束"だった。

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男はその札束を見せながら


「ここに"100万円"あります。
恐竜を渡せば、これを差し上げましょう。」

と言ってきたのだった。

な‥、
た‥大金で釣るつもりか。
まさか、そんなお金なんかで、僕らがピー助を渡すとでも思っているのか。

ふざけるな。

コンギツネも、

なめないで下さい!
お金の問題ではありません!!
いくら積まれたって、絶対にピー助を売る気はありませんっ!!

と、そう言うだろうと、僕は思っていた。
きっとピー助も、同じ気持ちだっただろう。



‥‥
しかし‥

次の瞬間、コンギツネの方を見ると、
目が完全に
"¥"マークになっていたのだった‥。

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‥‥
‥そうして‥‥、
ピー助は売られていった。
急激な展開に、ピー助は、信じられないといった顔をしていた。

別れ際にコンギツネは、

「あのねピー助、
やっぱり、よく考えたんだけどね、
あんたを飼うには、
うちじゃちょっと狭すぎると思うの。
あんたは、
これから大きくなるだろうから、
ちゃんとした施設で暮らせた方がいい
と思うし、
だから、こうすることが、
1番あんたのためだと思うの。」

などと、白々しいことを言ったが、
目が、"¥"のままだったため、
なんの説得力も無かった。

僕は、男の車に乗せられたピー助が、
小さくなっていくのを、切ない気持ちで眺めていた。

車が見えなくなってから、家に戻ると、
コンギツネはさっそく、

タチバナさん、
何か食べたいものありますかー?」

と言いながら、
ウーバーイーツで、高級な出前を検索していた。

部屋の隅には、
ピー助が遊んでいたバレーボールが転がっていた‥。

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つづく