#3 コンギツネと朝食を

朝。

トースト2枚と目玉焼き2つ。
僕は"2人分"の朝食を作っている。

僕の家には、先週から1匹の居候がいる。

彼女の名前は、コンギツネ。
もう1000年以上も前から生きている、キツネの妖怪だそうだ。
そして、平安時代からずっと封印されていたのを、僕が解放してしまったらしい。
以来、ずっとウチに住み着いているのだ。

彼女は、居間のすみに勝手にハンモックを設置し、今もまだすやすやと眠っている。

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そもそも、最初は、
助けてもらった恩返しをするとか言っていたのだが、
今のところ、恩返しらしきことは、特に何ひとつされてはいない。

タチバナさぁーん。

ごはんまだぁ?」

彼女が、目をこすりながら起きてきた。

「ああ、ちょっと待ってね。
今パン焼いてるから。」

‥‥‥

‥というか、恩返しされるどころか、
なぜ、僕は当たり前のように、こいつの朝食を作っているんだ‥!?

僕は、ハッとして、
彼女に向き直り言った。

「てゆうか、あのさあ。
前から言おうと思ってたんだけどね、

こないだ、僕に恩返しするとか言ってたけど、
別に、そんなの全然気にしなくていいんだよ。

僕も、別に君を助けようと思ってたわけじゃなくて、
たまたま買ったカップ麺に、君が入ってただけなんだ。

だから、別に、無理にここにいなくてもね、
全然好きなとこ行ってくれてもいいんだよ。」

僕は、なるべく遠回しに、出て行くよう促そうと
したつもりだった。

しかし、

「あ、いえ、そうはいきませんよ!
受けた恩は必ず返しなさい、というのが先祖代々の教えなのです。
このまま、恩返しもせずに去ったりしたら、
ご先祖様に顔向け出来ないのです。
キツネは、その辺り義理堅いのですよ!」

と、まっすぐな目で、きっぱりと返された。
そして、フライパンを覗き込みながら、

「あ、ところで、
私、目玉焼きの卵は2つでお願いします。」

と付け加えてきた。

‥‥
僕は、ここ最近で一番イラッとした‥。


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2人で朝食を食べ終えたあと、僕は会社に行く準備をしていた。

すると、

"カサカサっ"

部屋のすみで、何か黒いものが動いた。

げっ!
ゴキブリだ!

「うわっ、やだなあ。
ゴキジェットどこ置いたっけ‥」

僕が、殺虫剤を探していると、

「どしたんですか?」

とコンギツネが聞いてきた。

「ああ、見てよ。ほら、あそこ。
ゴキブリが出たんだ。」

僕が指差すと、

タチバナさんは、あの昆虫が嫌いなんですか?」

と、言って不思議そうな顔をしてきた。

「いや、僕はっていうか、
現代人はみんなゴキブリが苦手なものなんだよ。」

僕は、そう言って説明した。
すると、

「なるほど、わかりました。
これは恩返しのチャンス到来ですね!

では、ここは私に任せて下がってください!」

と言って前に進み出た。

「え?どうする気‥」

僕は尋ねたが、
コンギツネは聞かずに、

「はあああああっ!!」

などと言いながら、
何やら"気"のようなものを溜め始めた。

空気が震える。

そして、そのまま、

バッ

と右手を突き出し、


「くらいなさいっ!!

"メラゾーマ"っっ!!」


と叫びながら、

右手の先から、
"巨大な火の球"を発射したのだった。


メラ系最強呪文の直撃を受けた哀れな昆虫は、一瞬で炭に変わった‥。

‥そして、そのまま、
巨大な火の球は、部屋の壁に大穴を開けた‥。


‥‥賃貸なのに‥。

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まだ、部屋中に、物が焦げるにおいが漂っている中、コンギツネは、
誇らしげにこちらに向きながら、

「さあ、これでもう安心ですよ!
これからも、何か嫌いな虫が出たときは、私に任してくださいねっ!」

と言った。
それはそれは、まぶしいくらいに、
何の悪気もない笑顔だった。

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‥僕は、アパートの壁に空いた大穴を、
大家にどう説明したものか
と考えていた‥。


つづく