#11 コンギツネとメリークリスマス②

2021年、12月24日(金)、23時00分、

僕と、コンギツネと、

コンギツネの弟のフォックス君の3人は、

僕の家で、サンタの衣装を身にまとっていた。


5日前にうちにやって来たサンタクロースから、代わりにプレゼント配りをして欲しいと頼まれ、

最初は、


「そんなの僕らには無理です。」


と断ろうとしたが、


「いや、大丈夫、

こんなのポスティングのバイトみたいなもんだから!

ちゃんと給料も出るから!

深夜料金だから時給いいよ!」


と、なかば強引に押し切られ、結局やることになってしまった。


気が重いが、やるからには、ちゃんとやらなければいけない。

ちゃんとプレゼントを配れなければ、この辺の子供達をがっかりさせることになってしまうのだ。

責任重大だ。


そこで、ちょっとでも人手は多い方がいいだろうと思い、コンギツネに、弟のフォックス君を呼んでもらったのだった。


僕は、


「ごめんね、フォックス君。

こんな夜中に来てもらっちゃって。」


と言った。

フォックス君はサンタ帽をかぶりながら、


「いえ、いいんですよ。

サンタになってプレゼントを配るなんて、なんだか楽しそうですし。」


と笑顔で言ってくれた。

いい子だ。


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「それじゃ、行こうか。」


僕ら3人は、アパートの外に出た。

アパートの前には、トナカイとソリが待っていた。


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そのトナカイは、


「お待ちしていました。

本日、皆さんの担当をさせたいただく

"ローレンス"と申します。

どうぞよろしくおねがいします。」


と言った‥。‥喋った!


「君、喋れるの?」


僕は、びっくりしながらトナカイに聞いた。

トナカイは、


「ええ、

ですが、日本語に関してはまだまだ勉強中ですので、

拙いところもあるかと思いますが、

その点はご理解ください。」


と、流暢に謙遜してみせた。

コンギツネは、


「はあ‥、トナカイが言葉を話すなんて‥、

ホントでたらめですね。」


と、驚き顔で言った。


‥あんたは、キツネなのにベラベラ喋っとるやないか。


「それじゃ皆さん、さっそくソリに乗ってください。

行きますよ。」


トナカイのローレンスさんにそう言われ、僕らはソリに乗りこんだ。


すると、ソリはふわっと浮き上がり、空中を走り出した。

すごい、空飛ぶソリだ!




そして、僕らのプレゼント配りが始まった。


ソリは、子供のいる家に一軒一軒まわっていった。


エントツのある家なんてほとんどないので、基本、"窓"からの侵入になる。

鍵が開いていれば、そのまま入れるが、

鍵が閉まっているところは、

"特殊なアイテムを使って外から鍵を開ける"

という作業を行った。


熱を使って、窓ガラスを丸くくり抜き、小さな穴を開けたあと、手を突っ込んで鍵を開けるのだ。

そして、中に入ったら、再びガラスを熱で接着させ穴を塞ぎ、何事も無かったようにした。


『ミッションインポッシブル』みたいなアイテムだ。


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そうして、部屋の中に侵入すると、

子供がすやすやと眠っていた。


僕らは、"サンタ袋"からプレゼントを取り出した。

その袋の内側は、

"時空転送システム"とやらになっているとのことで、

子供に人気のおもちゃが、自動的に送られてくるのだそうだ。


"ニンテンドースイッチ"やら、"鬼滅の刃グッズ"やらを取り出すと、寝ている子供の枕元にそっと置いた。


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プレゼント配りも、最初は慎重にやっていたため、1軒終えるのに結構時間がかかっていた。

だが、慣れてくると段々スピーディーになっていき、

僕らは、作業を分担しながら、

次から次へテンポよく、プレゼント配りを済ませていった。



そんな中、

ソリに乗って、次の家に向かっている途中、

前方でソリを引いているトナカイのローレンスさんが、振り返りながら、


「いやあ、皆さん素晴らしいですね。

プレゼントを配る家も、もう残りちょっとですよ。実に仕事が早い。

サンタの才能があるんじゃないですか?」


と、言ってきた。


コンギツネは嬉しそうに、


「そうですかね。

だけど、プレゼント配りもやってみたら、面白いものですね。」


と返した。

フォックス君も、


「それに、明日の朝、

ちびっ子がプレゼントを見つけたときの喜んでる顔を想像すると、なんだか嬉しくなります。」


と楽しそうにしている。


「それは、良かったです。」


と、ローレンスさんは言った。

それから、


「しかし‥、」


と、少し間を置いたあと、


「この国の子供達はいいですね。本当に平和で豊かな暮らしを送れていて‥。」


と、なんだか遠い目をしながらつぶやいた。


僕は、急に何を言うのだろうと思いながら、


「‥え?‥どういうことですか‥?」


と聞いた。

ローレンスさんは、


「あ、いや、

私は、今はこの日本担当のトナカイをやっているんですがね、

以前、20何年か前までは、アフリカの某地区の担当をしていたことがあるんですよ。」


と言った。


「その国は、内戦や紛争の絶えない所でね、

戦闘とは何の関係もない民間の人々も、

毎日命の危険にさらされているような、

危険な地域だったんですよ。」


ローレンスさんは、少し悲しそうな顔をしながら、話を続けている。


「ただ、そんな国でも当然子供はいますからね。

だから、私たちは、その国の子供達に

クリスマスにプレゼントを配るために、夏の間に

アンケートをとったんです。

どんなプレゼントが欲しいかってね。

そしたら、その国のある子供は、

何を望んだと思いますか?」


ローレンスさんは、そう聞いてきた。

僕とコンギツネとフォックス君は、分からずに黙っていた。

ローレンスさんは、


「その子は、プレゼントに、

"自動小銃"が欲しいと言ったんですよ。

自分や家族の身を守るための銃が‥。」


と言った。

僕は、衝撃を受けた。


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「もちろん、そんなものプレゼントする訳にはいきませんからね。

だから仕方なく、

私とその地区担当のサンタは、日本の"携帯ゲーム機"をプレゼントしたんです。

ひどい日常の中に、少しでも楽しい時間を与えてあげられればと思ってね。

その子は喜んでくれましたよ。


‥‥

‥だけど、

しばらくして、その子は内戦の戦闘に巻き込まれて亡くなってしまいました。

まだ、12歳でした‥。」


ローレンスさんは、昔のつらい記憶を思い出したのか、

少し目に涙を浮かべているようだった。


僕は、そんなローレンスさんの話を聞いて、

とても悲しい気持ちになった。

世界の中には、子供が戦争で命を落とすような悲惨な国もあるのだ。

コンギツネとフォックス君も、悲しそうな顔をしながら、黙って聞いていた。


ローレンスさんはさらに、


「だから、私はこの日本担当になってからは、本当に楽しく仕事が出来ています。

日本の子供達は、多くが、平和で不自由の無い生活を送れている。

おもちゃをプレゼントしてあげれば、純粋に喜んでくれる。

なんというか‥、すごく気が楽です‥。」


と言った。

それを聞いて、


「‥でも‥、」


と、黙っていたフォックス君が口を開いた。

そして、


「この日本も、ずっと平和だったわけではないですよ。

内乱や戦争が絶えない時代が何年もありました。」


と言った。

ローレンスさんは、


「そうですね、たしかに‥。

‥だから、別に、

平和であることが当たり前だっていうことは、全然ないんですよね‥。」


と、苦笑しながらつぶやいた。

そして、こちらに振り返りながら、


「いや、すみませんでした。なんだか暗い話をしてしまって。

さあ、次の家が見えてきましたよ。もうあと数軒ですからね。

頑張ってください!」


と言ったのだった。




その後、午前4時くらいに、

僕らは予定していた全部の家にプレゼントを配り終わった。


ローレンスさんは、


「いや、ありがとうございました。

皆さんのおかげで、今年も無事、プレゼントを配り終えることができました。

サンタに代わって、お礼を言わせていただきます。」


と言った。

僕は、


「あ、いえ、元はといえば、こちらがサンタクロースに怪我をさせてしまったのが悪いんですから。」


と答えた。


それから、ローレンスさんは、


「今日のお給料については、

指定してもらった銀行口座の方に、年内には振り込まれると思います。」


と、事務的な事を言ったあと、

フォックス君の方を見て、


「それから、おぼっちゃん。

君にもクリスマスプレゼントをあげましょう。

さあ、袋の中に手を入れなさい。

望む物が出てくるはずですから。」


と言った。

フォックス君は、


「え?

い、いいんですか?」


と、嬉しそうに言いながら、サンタ袋の中に手を突っ込んだ。


コンギツネは、


「いいなあ、子供は

プレゼントもらえて‥。」


と言いながら、指をくわえている。


そして、フォックス君は袋の中から

"藤田ニコル 写真集"

を取り出したのだった。


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フォックス君は、藤田ニコル 写真集を握りしめながら、


「うわあ、ありがとうございます!

これ、すごく欲しかったんですー!」


と言って、喜んでいた‥。


ローレンスさんは、それを見てにっこり微笑んだあと、


「それじゃ、私はこれで。」


と言って、ふわっと浮き上がった。

そして、


「メリークリスマス!

ミスター・タチバナとキツネの姉弟!!」


と言いながら、ソリを引き、

北の空へ飛び去っていった。


僕らはそれを眺めながら、


「メリークリスマス、メリークリスマス!

ミスター・ローレンス!!」


と叫び、手を振った。

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つづく


#10 コンギツネとメリークリスマス

12月19日(日)の夜、

僕はコンギツネと一緒に、テレビで、

"M1グランプリ"の決勝を見ていた。


2021年のM1は、"錦鯉"というコンビが優勝した。

この"錦鯉"は、ボケの方の人がなんと50歳にもなる、非常に高齢の漫才コンビであり、

最年長での優勝者だそうだ。


僕は、いくつになっても夢をあきらめず、

ついに栄冠をつかみ取ったその姿に、

とても感動していた。


コンギツネも、


「よかったなあ‥、

あんたら、ホンマよかったなあ‥。」


と、何故か関西弁で言いながら、

涙ぐんでいた。

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そんな時だった。

隣の寝室で、


ガタガタッ


と大きな音がした。


な、なんだ?

また何かが、うちにやって来たのか?


僕は、警戒しながら、

そろそろと隣の部屋を見に行こうとした。

コンギツネも、


「何でしょう、今の音‥?」


と言いながら、後ろから付いてきている。


僕が、寝室の中を覗き込むと、また、


ガタガタッ


と音がした。窓の方からだった。


僕は、


パッ


と寝室のあかりを点け、窓の方を見た。

すると、

窓の外に、

"謎の人影"

が映っていたのだった。


そいつは、窓の外を壁伝いに移動しているようだった。

ここアパートの3階だぞ。

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「な、なんなんだ!?」


僕は、驚きと恐怖で、後退った。

が、コンギツネは、さっと走り出すと、


「怪しいやつっ!!

さては泥棒ですねっ!!」


と言いながら、ガラッと窓を開けた。

そして、窓の外にいた"謎の人物"に向け、素早く

"メラゾーマ"を発射したのだった。


「ぎゃあああああっ!!」


巨大火の玉の直撃を受けた謎の人物は、

アパートの外の地面に、真っ逆さまに落下していった。


‥たとえ泥棒だとしても、そこまでしなくても‥。


僕は、死んでいないことを祈りながら、

アパートの外へ様子を見に行った。


地面に落ちたその人物は、プスプスと黒い煙を立て、倒れていた。

生きているだろうか‥。


「ゔ、ゔううう‥。」


その人は、苦しそうなうなり声を上げながら、

もぞもぞと動いていた。


よかった。一命は取りとめたみたいだ。


「あ、あの、

すみません、大丈夫ですか?」


僕は、その人を助け起こそうと近づいた。

が、そのとき、その人の格好を初めてまじまじと見て、ギョッとした。


その人は、

いわゆる"サンタクロース"の格好をしていたのだ。

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僕は、その

"サンタクロースの格好をした人物"を、

家の中に担ぎ入れて、ソファに寝かせた。


その人は、服装もさることながら、

その人自身も、真っ白な髭をたくわえ、ぼってりと太った、高齢の白人男性であり、

まさにサンタクロースといった風体の人物だった。


「う、ううっ、痛てててて‥。」


その人は、苦しそうに声を上げた。


「あ、あの、すみませんでした‥。

無茶なことして‥。」


僕はとりあえず謝った。


「‥あ、ああ、いや、いいんだよ。

あんな窓の外でガタガタやってたら、誰だって怪しく思うのは当然だ‥。」


その人は、弱々しい笑顔を作りながら、ややカタコトの日本語でそう言った。


「というか、そもそも、あんな所で何をしていたんですか?

うちに泥棒に入ろうとしていたんじゃないんですか?」


今度は、コンギツネが聞いた。

まだ訝しげな目で見ている。

その人はゆっくりと起き上がりながら、


「‥いや、君達には信じてもらえないかもしれないが‥。」


と、前置きしてから、


「‥私は、本物の

"サンタクロース"

なんだよ。」


と答えたのだった。



それから、そのサンタクロースは、

自分が、"東京都足立区"担当のサンタのひとりであること、

今年のクリスマスイブに、この辺りの地区にプレゼントを配る予定だったこと、

今日はそのリハーサルをしていたこと、

そして、その途中で僕らに見つかり、思わぬ攻撃を受けたこと

について、説明した。


「そうだったのですか‥、

そうとは知らず、メラゾーマなんか撃っちゃって、すみませんでした‥。」


話を聞いたコンギツネは、申し訳なさそうな顔をした。


「いやいや、済んだことはもういいよ。

‥しかし、君達は私がサンタだということを、ずいぶんすんなり信じてくれるんだな。

今の人達は、サンタクロースの存在なんて、ほとんど信じていないと思っていたが‥。」


サンタクロースは、僕らの方を見ながら、そう言った。


「いや、まあ‥。」


正直、ここ最近、妖怪やらターミネーターやらが立て続けに現れていたので、

もはや、サンタくらい全然疑わなくなっていた。


それからサンタは、

はあ‥、と溜め息をつきながら、


「‥しかし‥、

困ったのは、さっき窓から落ちた時に、

脚と腰を痛めてしまったことだ‥。

これじゃ、今年のクリスマスにプレゼントを配れそうにない‥。

どうしたものか‥。」


と、つぶやいた。


そうか‥。

このままだと、僕らのせいで、

この辺の子供達がプレゼント無しになってしまうのか‥。

どうしよう‥。

僕は、なんだか申し訳ない気持ちになった。


僕はコンギツネに、


「ねえ、君は

"ホイミ"とかは使えないの?」


と聞いた。

それでサンタクロースの怪我を治せれば

と思ったのだが、コンギツネは、


ホイミ

なんですか、それは?」


と言って、首をかしげるだけだった。


‥‥

なんでこいつは攻撃呪文しか使えないんだ‥。


僕らがそんなやりとりをしているのを見ていた

サンタクロースだったが、


「そうだ!」


と、何かを思いついたような顔で口を開いた。

そして、


「どうだろう。

今年は、君達が私の代わりに、

プレゼントを配ってくれないか?」


と提案してきたのだった。


‥‥

なんだって?


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つづく



#9 コンギツネの恐竜②

ピー助が生まれてから2週間が経った。

コンギツネは、
とても一生懸命にピー助の世話をしていた。

エサには、
魚の切り身や、魚肉ソーセージを細かくして与えた。
また、バレーボールを使って、
ピー助とボール遊びをしてやっていた。

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僕が、首長竜は水棲の恐竜であるということを教えると、
夜中に公園に連れて行き、池で泳がせてやったりもしていた。

コンギツネは愛情をもってピー助の面倒を見ていた。
また、ピー助もそれに応えるように、日に日にコンギツネに懐くようになっていた。

僕は、そんな光景をとても微笑ましい気持ちで眺めていた。

が、同時に、懸念も覚えていた。

今はまだ小さいからいいが、
この先大人になったら、この恐竜は車くらいの大きさになるだろう。
そしたら、もう家で飼うのは不可能ではないか。

それに、もし恐竜を飼っているなんてことが世間に知れたら、大騒ぎになるのではないか。


僕が、そんな不安を感じていたある日の晩、

ピンポーン

うちのインターホンが鳴った。

「何だろう。」

僕は、家のドアを開けた。
すると、そこには、
黒いスーツを着て、黒いサングラスをかけた男性が立っていた。

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見るからに怪しい人物を前に、僕は、

「ど、どなたでしょう‥?」

と、警戒しながら聞いた。

しかし、その男は

「失礼。」

とだけ言うと、

僕を押しのけて、ずかずかとうちにあがりこんできた。
なんなんだ。


家の中では、ピー助とコンギツネが一緒に遊んでいた。

コンギツネは、男に気がつくと、
びっくりしながら、

「な、何ですか、あなたは!?」

と言い、
慌てて帽子をかぶり、耳を隠した。

しかし、男はそちらに気づいた様子はなく、
ピー助の方に目をやると、

「やはり、いた。」

と言って、ニヤリとしたのだった。


「なんなんですか、あなた!?
いきなりウチに入り込んできて!!」

コンギツネは、強い口調で男に言った。

それに対し男は、

「私が何者かということは、
この際どうでもいい。
"希少な動物を収集している団体"の人間である、
ということだけ言っておきましょう。」

と答えた。さらに、

「単刀直入に申し上げますが、
こちらの恐竜を、是非私どもに譲っていただけないでしょうか?」

と言ったきたのだった。

ゆずる?

ピー助を?

僕とコンギツネは驚いた顔をした。

「な、何をいきなり。
そもそも、なぜうちに恐竜がいることを知ってるんですか?」

と僕は、男に聞いた。

男は、

「私どもには、世界中の珍しい動物に関する情報が入ってくるのです。
先日も、この近所の公園で、
あなたがたが、恐竜のような生き物を遊ばせているという情報が入り、
こちらに伺ったのです。」

と答えた。

なんてことだ。
ピー助を外に出したのが、見られていたのか。

男はピー助を見ながら、

「しかし、本当にいるとは驚いた。
これは首長竜のようですね。」

と言った。

さらに、

「もう一度言いますが、
この恐竜を、是非こちらに譲ってください。
どの道、恐竜なんて一般家庭で飼える生き物ではないでしょうから、
私どもの団体で保護してあげた方が、この恐竜にとっても幸せでしょう。」

と、要求してきたのだった。

ピー助は、不穏な雰囲気を感じ取ったのか、
怯えたような顔をしている。

男の要求に対し、コンギツネは、

「そ、そんなの、お断りします!
絶対ダメです!
ピー助は、私の大事なペット、
いや、家族なんです。
ピー助を渡すなんて、絶対できません!」

と、男をにらみながら、きっぱりと断った。

‥僕も、この男にピー助を譲るというのは、
気が進まなかった。

確かに、この先もうちで恐竜を飼い続けるのは、
難しいことかもしれない。

しかし、だからといって、
こんな怪しげな人間にピー助を渡せば、ピー助がどんな目に会うか分からない。
世界中で見せ物にされたり、何かの実験材料にされてしまうかもしれない。

「すみませんが、
このピー助は、この娘が可愛がっている大事な恐竜なんです。
申し訳ないけど、お引き取り願えませんか。」

僕は、男にそう言った。

しかし男は、

「そこをなんとか、譲ってもらえませんか?
もちろん、相応のお礼はしますが。」

と言って、引き下がらなかった。

それに対し、コンギツネは、

「しつこいです!
ピー助は、あなたみたいに怪しい人に、
渡さないと言ったら、絶対に渡しません!!
早く帰ってください!!」

と、強い言い方で返した。

そう言われた男は、少しカチンときたような表情をして、

「ふう、なかなか強情な人達ですね。
言っておきますが、こちらが本気になれば、
力づくで奪いとる事だってできるんですよ。
こちらとしても、別に、手荒な事はしたくないんですがね。」

と物騒なことを言ってきた。
ついに、本性を現そうというのか‥。

場にピリッとした空気が流れる。

コンギツネは、

「そ、そんな、脅そうったって無駄です!
ピー助。大丈夫よ!
私が守ってあげるからねっ!」

と引かずに、
ピー助の方を見ながら言い放った。

「ピューイ!ピューイ!」

ピー助は嬉しそうな顔をした。

僕は、2人の絆の深さにとても感心した。

が、
男は、

「では‥。」

と言うと、
スーツの内ポケットにすっと手を入れた。

まさか、拳銃でも取り出そうというのか。

バッ

しかし、
男が内ポケットから取り出したのは、
"札束"だった。

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男はその札束を見せながら


「ここに"100万円"あります。
恐竜を渡せば、これを差し上げましょう。」

と言ってきたのだった。

な‥、
た‥大金で釣るつもりか。
まさか、そんなお金なんかで、僕らがピー助を渡すとでも思っているのか。

ふざけるな。

コンギツネも、

なめないで下さい!
お金の問題ではありません!!
いくら積まれたって、絶対にピー助を売る気はありませんっ!!

と、そう言うだろうと、僕は思っていた。
きっとピー助も、同じ気持ちだっただろう。



‥‥
しかし‥

次の瞬間、コンギツネの方を見ると、
目が完全に
"¥"マークになっていたのだった‥。

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‥‥
‥そうして‥‥、
ピー助は売られていった。
急激な展開に、ピー助は、信じられないといった顔をしていた。

別れ際にコンギツネは、

「あのねピー助、
やっぱり、よく考えたんだけどね、
あんたを飼うには、
うちじゃちょっと狭すぎると思うの。
あんたは、
これから大きくなるだろうから、
ちゃんとした施設で暮らせた方がいい
と思うし、
だから、こうすることが、
1番あんたのためだと思うの。」

などと、白々しいことを言ったが、
目が、"¥"のままだったため、
なんの説得力も無かった。

僕は、男の車に乗せられたピー助が、
小さくなっていくのを、切ない気持ちで眺めていた。

車が見えなくなってから、家に戻ると、
コンギツネはさっそく、

タチバナさん、
何か食べたいものありますかー?」

と言いながら、
ウーバーイーツで、高級な出前を検索していた。

部屋の隅には、
ピー助が遊んでいたバレーボールが転がっていた‥。

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つづく

#8 コンギツネの恐竜

ある日曜日の午後、
僕は、家でテレビを見ながらのんびりしていた。

コンギツネは、外に散歩に行っている。

コンギツネには、外に出る時は
"帽子をかぶって、
キツネの耳を隠すように"
と言っている。
大きな尻尾に関しては、隠しようがないが、
そういうアクセサリーに見えなくもないだろう。

ガチャッ

家のドアが開き、コンギツネが帰ってきた。

「ちょっとちょっと、タチバナさん、
これ見てください。」

そして、帰るなりいきなり僕にそう言ってきた。

「どしたのさ?」

僕はそう言って、コンギツネの方を見ると、
コンギツネは何らや丸い石のような物を抱えていた。

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「これ、さっき外の公園で拾ったんですけどね、
何だと思います?」

コンギツネはそう言うと、その石のような物を、
僕の方に見せてきた。

「いや、何って言われても‥
ただの石ころじゃないの?」

僕は、それを見ながら答えた。

「確かに石みたいに見えますけどね、
私、これ何かの
"卵"じゃないかと思うんですよ!
触るとなんかあったかいし。」

コンギツネは、その丸い物を見ながらそう言った。

何?‥卵?

‥確かにそれは、触れるとやや温かかった。
そして、丸と言うよりは、やや楕円形といった形をしていた。
卵っぽく見えなくもない。

が、しかし、
それは大きさが30cmくらいあった。
ダチョウの卵にしても大きすぎる。

「いやー、
さすがに、そんな大きな卵はないでしょ。」

僕はそう言ったが、コンギツネは、

「いえ、これはきっと
"恐竜"
の卵なんですよ!
それなら、この大きさも納得がいきます。
私、これを温めてみることにします。
孵してみせます!」

と、キラキラした目で言ってきた。

‥恐竜て‥、

バカバカしい、何を小学生みたいなことを‥。


僕はそう思ったが、
構わずコンギツネは、
毛布を引っ張り出してきて、その卵らしき物を丁寧にくるんだ。
そして、セラミックヒーターの前に置き、
じっと見守っているのだった。

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僕は、またよく分からん事をしてるなあと思いながらも、
すごく一生懸命にやっていたので、
なんであれ真剣に取り組むのはいいことだと考え、
"温かい目"で見守ることにした。



それから3日後、


ピキピキッ

その卵のような物に突然ヒビが入った。


そして、

パカッ

と、中から、恐竜の子供が出てきたのであった。

「う、嘘だろ‥!?
ま、まさかホントに‥‥。」

僕は驚愕した。
そいつは、まだ小さかったが、
子供の頃に図鑑で見たような
"首長竜"
そのものだった。

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「そーら、見てください!
やっぱり恐竜の卵だったんですよー!」

コンギツネは嬉しそうに言った。

「ピューイ、ピューイ。」

その恐竜は、可愛らしい鳴き声をあげた。

「この子の名前は"ピー助"にします!
ピーピー鳴くからピー助!」

コンギツネは、優れた決断力で、
恐竜の名前を即決した。
そして、

「この子は私が育てます!
立派な恐竜に育て上げてみせます!」

と言ったのだった。



つづく

#7 コンギツネの弟②

「この子は、
私の弟なんです。」

僕らは、居間のテーブルに向かい合って座り、話している。

「まったく、久しぶりに会ったと思ったら、
タチバナさんに対して暴力を振るおうとするとは‥、どういうつもりなのよ。」

コンギツネはフォックス君の方を見て言った。
フォックス君は下を向いている。

僕は、2人をしげしげと見比べながら、

「しかし、君に弟がいるとは思わなかったな。」

と言った。確かに、この2人、どことなく似ているようには見える。

コンギツネは、

「この子は、小さいときから、私がよく可愛がってあげてて、
いつも一緒に遊んであげたりしていたんです。
だから、昔からすごいお姉ちゃん子だったんですよね。」

と、昔を懐かしむような顔で言った。

しかし、フォックス君は、
きっ、とコンギツネの方をにらんで、

「ふざけんなよ!何が可愛がってた、だ!
いっつも僕をいじめてばっかりいたじゃないか!」

と言った。

「おやつを盗られたり、
川に落とされたり、
‥そうだ、あれは忘れもしない‥
寒い冬の日のこと!
ズボンとパンツを脱がされたまま、
外に放り出されて、
チンチン丸出しのまんま、街中を歩かされた事だってあったんだ!」

フォックス君は、昔の嫌な記憶を思い出したように、
怒りを爆発させていた。

‥なんかよく分かんないけど、
可哀想に‥。

「な、何よ!
そんなのちっちゃいときの事じゃない!
ほんの子供のいたずらでしょ!」

コンギツネは、悪びれることなく言い返した。

「何が"いたずら"だよ!
そういうのは、やられた方はいつまでも忘れないものなんだぞ!
あの一件のせいで、僕はずっと友達から馬鹿にされていたんだ!」

フォックス君は、怒りで涙目になってきている。

「‥だけど、1000年前、悪さばかりしていた姉ちゃんは、人間の手で封印された!
そのおかげで、僕にとっては平穏な日々が続いていたんだ!
なのに、タチバナさん、
あんたが封印を解いてしまったせいで、
また僕の悩みの種が復活してしまったんじゃないか!
そう、だから、僕はあんたが憎かったんだ!!」

フォックス君は、僕の方を見て言った。
それで、僕のことを殺そうとしたのか。
‥そんなこと言われてもなあ‥。

しかし、フォックス君はあらためてコンギツネの方をにらむと、

「いや、だがしかし、
確かにそれは逆恨みというものでした‥。
昔の復讐をするんなら、そう、
この姉に直接すべきだったんだ!」

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フォックス君はそう言うと、
バッ、と立ち上がり、コンギツネの方に向き、
臨戦態勢になった。

途端にピリッとした空気が流れた。

まさか、今から姉弟ゲンカを始めるつもりなのか‥。

対してコンギツネは、

「あら、なあに?
私とやろうっての?
あんた、昔から一度でも私に勝てたことがあったかしら?」

と、不敵な態度をとっている。

「黙れ!
僕を1000年前の僕と同じだと思うなよ!
あの時より、僕の魔力は数倍になっていると知れ!」

フォックス君はそう言うと、

はあああああっ!

とか言いながら、いきなり気を溜め始めた。

部屋の中の大気がビリビリ言っている。

僕は、家の中なんだから、頼むからやめてくれ、と思ったが、

フォックス君は構わずばっ、と手を挙げた。

すると、部屋の天井に何やら、
ゴロゴロと
"雨雲"が立ち込め始めた。

そして、

「長年の恨み、思い知るがいい!

食らえ!

"ライデイン"!!」

と叫ぶと、
雨雲から、稲妻が発せられたのだった。

稲妻はまっすぐコンギツネの方へ向かっていき

バリバリバリバリッ!

と、コンギツネに直撃した。

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‥‥
君らは人の家の中で、何をしてくれてんねん‥。


シュウウウ‥

雷系呪文の直撃を受けたコンギツネは、倒れ伏して動かない。
まさか、
死んでしまったのか‥。

「はあ、はあ、
ど、どうだ思い知ったか!
これが、1000年修行した僕の力だ!」

フォックス君は、勝ち誇ったような顔をした。

しかし、そうしたのも束の間だった。


コンギツネは突然むくっと起き上がった。


フォックス君はギョッとした。

コンギツネは、
パンパンと服に付いた汚れをはらいながら、

「へえー、
確かに、少しは強くなったみたいねえ。」

と余裕の笑みを浮かべ、そう言った。
衣服はところどころ焦げてはいるが、身体そのものは、ほぼ無傷のようだった。

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「‥な‥
ば‥ば‥馬鹿な‥‥。
あれを食らって‥」

フォックス君は、驚愕の表情をしている。

しかし、コンギツネは、それを嘲笑うかのように、

「確かにあんた、ずいぶん力を上げたようだわね。
でも、すぐに思い知ることになるわ!
上には上がいるということをねっ!!」

と言うと、
バッと両手を上に挙げ、気を集中させた。

ゴゴゴゴゴゴッ!

すると、さっきとは比にならないくらいの勢いで空気が震え始めた。

「‥な‥‥
こ、こんなばかな‥‥。」

フォックス君は、予想以上の力の差を感じ取ったのか、完全に戦意を喪失している。

ゴロゴロゴロゴロッ

そして、さっきの数倍の雨雲が
立ち込めた。

「私に楯突いたことを後悔しながら死になさい!

食らえ!"ギガデイン"!!」

コンギツネがそう叫ぶと、これまたさっきの数倍の稲妻が発生し、

バリバリバリッ、
バリバリバリバリバリッッッ!!!

とフォックス君を襲ったのだった。

「ぎゃああああああああっ!!」

フォックス君の断末魔がこだました。

こうして、常軌を逸した姉弟ゲンカは、
姉の貫禄勝ちに終わったのだった。





かろうじて生きていたフォックス君は、
床に倒れたまま、

「うう‥ちくしょう‥
僕は結局姉ちゃんには勝てないのか‥。」

と、くやしそうにつぶやいた。
目には、大粒の涙を浮かべている。

コンギツネは、

「そうね。
まあ、でもあんたも、中々いい線いってたわよ。」

と偉そうに言った。
さらに、

「とにかく、
私は今、この家にお世話になっているのです。
だから、この人に危害を加えることはゆるしませんよ!」

と、僕を指差して、強い口調で付け加えた。

「‥うう‥、はい‥
分かりました。」

フォックス君は、弱々しくそう答えたのだった。


‥僕は、この一件のせいで、
また騒音の苦情を受けることになるんだろうなと、
憂鬱な気分になっていた‥。



つづく

#6 コンギツネの弟

深夜2時。
キツネも寝静まる真夜中。

僕は寝室のベッドで就寝していた。
コンギツネは居間のハンモックで眠っている。

突然、

ガタガタッ

と、何か物音がした。

何だろうと思い、僕はリモコンで部屋の灯りを点けた。

すると、枕元で、

何者かが、"日本刀"を振りかぶって、
立っていたのだった。

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僕は、死ぬほどびっくりして、

「どわっ!なっ、何だおまえはっ!?」

と叫んだ。

タチバナさん、
あんたには、死んでいただく!
覚悟っ!!」

そいつはいきなりそう言うと、僕に向けて、
思いっきり日本刀を振り下ろしてきた。

「うわっ!や、やめろっ!」

バスッ

僕は、どうにか間一髪、その斬撃をかわした。
さっきまで僕が寝ていた枕に、
日本刀がめり込んでいる。

「おのれ!往生際の悪い!
大人しく死にさらせ!」

そいつは、僕の方に向き直り、2撃目を振りかぶろうとしている。

「ふっ、ふざけんなっ!!
な、何なんだ、おまえはっ!!」

そう言って僕は、初めてそいつの姿をまじまじと見た。
‥そいつは、一見すると、まだ若い少年といった風体だった。年齢15、6歳くらいといった感じだろうか。

‥ただ、
‥そいつの頭にはなんと、誰かさんと同じような
"キツネの耳"
がくっついていたのだった。
そして、お尻のあたりには"尻尾"が‥。


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「うーん‥
どしたんですか?騒々しい。」

物音で目を覚ましたのか、コンギツネがのそのそと起きてきた。
そして、少年の存在に気づくと、

「あれっ、あんたまさか‥
フォックス‥?」

と、少年に向かって言った。
コンギツネは、
"フォックス"と呼んだその少年のことを、知っているようだった。

「な、何だ君達‥
知り合いなのか?」
僕は聞いた。

そして、
少年は、コンギツネに対し、

「‥久しぶりだな‥
姉ちゃん‥。」

と言ったのであった‥。


つづく

#5 コンギツネとターミネーター② JUDGMENT DAY

翌日、僕はターミネーターに頼まれ、
レンタカーを借りて、
近隣の県にある製鉄工場にやってきていた。

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めんどくさいことに巻き込まれたなあ、と思いながらも、
仕事が休みだったので渋々了承したのだ。
コンギツネも旅行気分でついてきている。

ターミネーターには、ユニクロで適当に買ったラージサイズの服を着せていた。


製鉄所の敷地内に忍びこんだ僕らは、
さらに職員達の目を盗み、
鉄を溶かしている工場の中に入っていった。

目の前の溶鉱炉の中では、真っ赤に溶けた鉄が、
グツグツと音を立てて煮えたぎっていた。
とにかくすごく暑い。


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ターミネーターは、溶鉱炉の中を覗き込んだあと、
僕らの方に向き直って言った。

「とにかく、間違えて違う時代に来てしまったことは、もう仕方がない。

というか、もはやこの時代では何もやる事が無い以上、
無駄にこの時代にとどまることは出来ない。
未来から来た私が、本来存在しないはずの時代に居続ければ、
いたずらに歴史を変えてしまう恐れがある。」

そして、溶鉱炉の上にぶら下がっている
"クレーン"に目をやった。
近くには、そのクレーンの昇降スイッチがあった。
ターミネーターは、その昇降スイッチを手に取ると、

「私は、消滅しなければならない。

だが、私は自分で自らを破壊することは出来ないんだ。
だから、あんたがこれで、
私を溶鉱炉に沈めてくれ。」

と言って、コンギツネにスイッチを手渡してきた。

「‥‥‥‥
え‥?

そんなの‥‥。」

突然言われて、
コンギツネは戸惑っている。

「いや、そんな‥別に死ななくたって‥

なんとか、なりますよ。
この時代で生きていけばいいんじゃないですか!?」

強い口調でコンギツネは言った。

しかし、ターミネーターは首を横に振りながら、

「いや、未来のテクノロジーである私が、この時代に存在することは、危険が大きすぎる。

下手をすれば、スカイネットの開発を早めてしまうことにもなりかねないんだ。」

と応えた。

そして、溶鉱炉の方へ向かおうとした。

「そ、そんな‥
だからって‥‥。」

コンギツネは、目に薄っすら涙を浮かべていた。

昨日会ったばかりのターミネーターだが、どうやらちょっと感情移入をしてしまっているらしい。

こういうところは、いいやつなんだな
と僕は思った。

ターミネーターは、振り返り、
寂しげな表情で、

「人がなぜ涙を流すか分かった気がする。

私は、涙を流せないが‥。」

と言った。


‥‥‥

なんか、さっきから一見カッコいいことを言っているような感じがするが、
よく考えたら、おまえ特に何もしてないからな、

と言おうと思ったが、
それはちょっと可哀想かなと思いやめた。


ターミネーターは、クレーンにつかまり
溶鉱炉の上にぶら下がった。

コンギツネは躊躇していたが、
やがて、何か意を決したような表情で
スイッチのボタンを押した。

キュルキュルキュルキュル

クレーンが下がり始めた。
そして、ターミネーターは足先から溶鉱炉の中へと
沈んでいった。

コンギツネは、悲しそうな顔をしている。

しかし、
最後、
沈み切る前に、

ターミネーターは右手の親指を立て、
サムズアップをしてみせたのだった‥。

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‥その一部始終を見届けた後、
僕らは家に帰ることにした。

製鉄所を後にし、車に乗り込む。

レンタカーのヘッドライトが、夜の高速道路の行く先を照らしていた。


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コンギツネは、初めての車の旅で疲れたのか、
後ろの座席で寝息を立てていた。


僕は、ただ、

何一つ解決されていない
サラ・コナーの身の事を案じていた。


つづく